本ページでは、ヤマト王権の発祥の地である桜井市と天理市の遺跡や関連施設を紹介する
古墳群の呼び方は研究者によって変わりますが、本ページでは、『天理の古墳100』(天理市教育委員会/編)に準拠する

 

桜井市


大神神社

おおみわじんじゃ
桜井市三輪1422
0744-42-6633

日本最古級の神社の一つで、拝殿はあるが本殿はなく、背後の三輪山が御神体。

ヤマト王権とも非常に結びつきが強い神社と考えられるが、祭神は出雲系であるのでそれが古代史の謎とされることが多い。ただし、祭神に関しては長い歴史の中で変わることもあるし、実際の神様は変わらずとも名前が変わることもあるので、出雲との関係は表面だけをなぞっていてはその核心に至ることはできないだろう。

なお、境内は国指定史跡となっており、東京渋谷の國學院大學の博物館では境内出土の遺物が見られる。



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狭井神社

さいじんじゃ
桜井市三輪1422
0744-42-6633

大神神社の摂社で、三輪大神の荒魂を祀っている。「狭井の御神水」をいただくことができて、以前はフリーのマグカップが置いてあってそれを使って飲んでいたが、現在では紙コップに置き換わっている。
三輪山へ入山する場合は狭井神社境内にて手続きを行い登る。

2021年12月の時点では入山可能だったのだが、2022年4月に訪れたらコロナのために入山不可になっていて残念だった。

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纒向遺跡

まきむくいせき



20


纒向石塚古墳

まきむくいしづかこふん
纒向石塚古墳



20


勝山古墳

かつやまこふん
勝山古墳



20


矢塚古墳

やづかこふん
矢塚古墳



20


東田大塚古墳

ひがいだおおつかこふん



20


ホケノ山古墳

ほけのやまこふん

ホケノ山古墳



20


箸墓古墳

はしはかこふん

箸墓古墳



20


桜井茶臼山古墳

さくらいちゃうすやまこふん
桜井茶臼山古墳



20


メスリ山古墳

めすりやまこふん
メスリ山古墳



20

コロコロ山古墳

ころころやまこふん
コロコロ山古墳



20


安倍寺跡

あべでらあと
桜井市安倍木材団地1丁目86

桜井市立埋蔵文化財センター

さくらいしりつまいぞうぶんかざいせんたー
桜井市芝58-2
0744-42-6633
桜井市立埋蔵文化財センター

 

天理市(柳本古墳群周辺)


黒塚古墳

くろつかこふん
柳本古墳群

黒塚古墳

未盗掘の状態の竪穴式石室が発掘され、33枚の三角縁神獣鏡が見つかったことで有名になった古墳。古墳時代前期前半に築造された墳丘長130mの前方後円墳で、大王の墓ではないが、かなりの有力者の墓と考えられる。

130m(説)
2期

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天理市立黒塚古墳展示館

天理市柳本町1118-2
0743-67-3210

月曜・祝日休館
9時~17時
入館無料
公式サイト

黒塚古墳展示館

黒塚古墳に隣接した施設で、黒塚古墳の竪穴式石室の実物大レプリカが素晴らしく、竪穴系の石室の本物が見られる場所は少ないが、レプリカであっても貴重。黒塚古墳から出土した画文帯神獣鏡と33枚の三角縁神獣鏡のレプリカも展示してある。

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行燈山古墳

あんどんやまこふん
柳本古墳群

墳丘長は242mを誇る。宮内庁は第10代崇神天皇の陵に治定している。

なお、古墳時代前期(3世紀半ばから4世紀後半まで)の大王墓の可能性が高い古墳は築造順に以下の6基である。
①箸墓古墳
②西殿塚古墳
③外山茶臼山古墳
④メスリ山古墳
⑤行燈山古墳
⑥渋谷向山古墳

242m(説)
3期

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アンド山古墳

あんどやまこふん
柳本古墳群
域内陪冢

120m(DB)

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南アンド山古墳

みなみあんどやまこふん
柳本古墳群
崇神天皇陵飛地は号

65m(DB)

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い号陪塚

いごうばいちょう
崇神天皇陵飛地い号

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ろ号陪塚

いごうばいちょう
崇神天皇陵飛地ろ号

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大和天神山古墳

やまとてんじんやまこふん
天理市柳本町
柳本古墳群

墳丘長103mで南北に主軸を持つ前方後円墳だが、道路によって東側半分が完全に破壊されたほか、西側も損傷が激しい。

出土遺物で特筆すべきは41㎏もの多量の朱が出たこと。

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櫛山古墳

くしやまこふん
柳本古墳群

非常に珍しい双方中円墳。

150m(説)
4期

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渋谷向山古墳

しぶたにむかいやまこふん
柳本古墳群

墳丘長300mの巨大前方後円墳で、奈良県内では330mの五条野丸山古墳についで大きい。ただし、4世紀後半では日本最大の古墳。

宮内庁は12代景行天皇の陵に治定しており、その通りだと考える研究者が多いが、築城時期に関してはまだもう一歩、確実性に欠ける。

なお、古墳時代前期(3世紀半ばから4世紀後半まで)の大王墓の可能性が高い古墳は築造順に以下の6基である。
①箸墓古墳
②西殿塚古墳
③外山茶臼山古墳
④メスリ山古墳
⑤行燈山古墳
⑥渋谷向山古墳

300m(説)
3期

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上の山古墳

うえのやまこふん
景行天皇陵飛地い号

125m(説)

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丸山古墳

まるやまこふん
景行天皇陵飛地ろ号

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天理市トレイルセンター

崇神天皇陵の北側にあり、龍王山を登る人や山辺の道を歩く人、それに古墳歩きをする人などの拠点として使える。

少しだけだが古墳コーナーがあり、パネル展示によって近辺の古墳を紹介してるほか、西殿塚古墳、東殿塚古墳、櫛山古墳の埴輪片を展示しているので古墳マニアは忘れずに見てみよう。

龍王山に登るときはここでハイキングマップをもらってから登れば道に迷わない。

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龍王山城跡

中世の土豪・十市氏が築城した城で、龍王山の二つのピークを縄張しており、南側のピークからは、奈良盆地が一望できる。すなわち、大和三山を見下ろし、葛城・金剛、二上山、生駒山などの山々を望み、遠くには瀬戸内海と六甲の山並みが見える。コンディションが良いと明石海峡大橋も見えるという。

なお、龍王山へ登るには、長岳寺の北側から登る北ルートと、崇神天皇陵の後円部近くから登る南ルートがあるが、龍王山古墳の項で述べている通り、古墳が見られるのは南ルートであり、お勧めは北ルートで南側ピークの見晴らし台まで登り、休憩をした後、南ルートで山を下りながら古墳を見るルート。



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龍王山古墳群

龍王山の斜面に数知れない古墳が築造されており、その数は墳墓が300基以上、横穴墓も300基以上と言われ、実数は不明。

南ルートのハイキングコースから近い場所に無数の横穴が口を開けており、多少の危険を伴うものの「穴めぐり」を楽しむことができる。ただし、説明板や立札などはまったくないので、詳細な分布図がないと、自分がいったい何号墳に入っているのか分からない。まあ、分からなくても面白いから問題はないかも。

夏はマムシやら虫やらなんやらが普通にいるため、冬に訪れた方がそういった敵にやられることはない。

危険な個所もあるため、2名以上で訪れるようにしよう。

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天理市(大和古墳群周辺)


星塚古墳

大和古墳群

70m

20200904


馬口山古墳

大和古墳群

110m

20200904


フサギ塚古墳

大和古墳群

110m

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栗塚古墳

大和古墳群

120m?

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マバカ古墳

大和古墳群

74m

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マバカ西古墳跡

大和古墳群

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ノムギ古墳

大和古墳群

63m

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ヒエ塚古墳

大和古墳群

130m

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クラ塚古墳

大和古墳群

32m

20200904


波多子塚古墳

大和古墳群

140m

20200904


西山塚古墳

大和古墳群

120m

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空路宮山古墳

大和古墳群

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東殿塚古墳

大和古墳群

175m

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西殿塚古墳

大和古墳群

230m

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下池山古墳

大和古墳群

125m

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中山大塚古墳

大和古墳群

130m

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大和神社

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天理市(杣之内古墳群周辺)


西山古墳

杣之内古墳群

列島最大の前方後方墳だが、3段築成のうちの1段目(下段)が前方後方形で、2段目と3段目は、前方後円形というミックス墳。

前方後方墳からは東海系の土器が出土することが多く、とくに東日本の場合は弥生時代末期から古墳時代初頭にかけて進出した東海勢力が築いた可能性が高いが、その一方でこの地は物部氏の本拠であることから、ヤマト王権の中で東海勢力を束ねるような職掌にあったのは物部氏ではないだろうか。

私は4世紀になり東海勢力がヤマト王権の影響下に本格的に参画したことを記念して、前方後方墳と前方後円墳とのミックス墳を物部氏の本拠地に築造したのではないかと考えている。

なお、古墳の近くに天理大学馬術部の厩舎があるため、タイミングが良ければ可愛いお馬さんに会えるぞ。

190m(説)
3期

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塚穴山古墳

杣之内古墳群

西山古墳の北側に接するように築造された径65mの円墳。築造時期は終末期なので、西山古墳の陪冢ではない。

横穴式石室は、全長が17mもあり、墳丘の大きさとともに飛鳥の石舞台古墳に匹敵する古墳である。

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東乗鞍古墳

ひがしのりくらこふん
杣之内古墳群

横穴式石室が開口しているが、崩落の危険性があるようで、現在は柵が設置してあって入ることができない。できる限りカメラを突っ込んで撮影したところ、安置された石棺が写りこんでいた。

75m(説)
8期

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西乗鞍古墳

にしのりくらこふん
杣之内古墳群

墳丘はかなり損傷が激しく、全体的に森におおわれているため麓から見ても形状を楽しむことはできない。

後円部墳頂には、昭和7年の陸軍特別大演習の際に大元帥陛下、すなわち昭和天皇が墳頂で視察したことを顕彰する「大元帥陛下駐蹕之處(だいげんすいへいかちゅうひつのところ)」の石碑が立っている。

118m(説)
8期

20220417A


小墓古墳

こばかこふん
天理市杣之内町小墓
杣之内古墳群

80.5m(DB)
8期

20220417A


峯塚古墳

杣之内古墳群

天理市は説明板をたくさん設置してくれているのはありがたいが、設置場所が変なことが多い。

この説明板の向こうには保昌塚古墳が見えるため、最初はそれが峯塚古墳かと思ったら、峯塚古墳は背後の山の中であった。

35.5m(説)

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保昌塚古墳

杣之内古墳群

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石上神宮

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なら歴史芸術文化村

2022年4月にオープンした施設で、道の駅でもある。食事処はとんかつ屋のみだが、遺跡めぐりの際の休憩ポイントにも使えるだろう。

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天理市(東大寺山古墳群周辺)


東大寺山古墳

東大寺山古墳群

140m(説)
3期

出土遺物は一括して国宝に指定されており、とくに「金錯銘花形飾鐶頭大刀」は後漢の中平年号が刻されており非常に有名。上野のトーハク平成館に展示してある。

20200903


赤土山古墳

東大寺山古墳群

106.5m(説)
3期

20200903


和邇下神社古墳

120m(説)
4期

20200903


和邇下神社

20200903



天理大学附属天理参考館

天理大学に附属する博物館で、アジアや南太平洋の民俗関連や日本、朝鮮、中国、中東の考古遺物の展示がある。3フロアに渡って展示室があり、しかも1フロアが広いため、ゆっくり見たら半日必要で、好きな人なら1日中ここで過ごせるだろう。とても素晴らしい博物館だ。

20220417A