せんげんやまこふん 171.5m 4期 4世紀後半
4世紀後半の築造としては東日本最大の墳丘長171.5mを誇る大型前方後円墳
墳丘は立入禁止
周堀が優れて綺麗
主体部は不明
現地説明板
解説
浅間山古墳は4世紀後半に築造された古墳としては東日本最大ということで、史的にも非常に重要です。そのため期待して古墳を訪れるのですが・・・
地主さんの意向なのでしょう。墳丘内には入れないのです。
そのためいつも周辺からその雄姿を眺めて終わりなのです。
後円部側の周堀。
後円部の周堀の外側をグルッと東側から西側へ歩いてくると、標柱と説明板があります。
説明板によると、後円部が3段、前方部が2段の段築を持ち、葺石を施し、周堀は二重でした。
説明板の墳丘図を見てみましょう。
この図で見る限りでは、後円部が大きい「ボンバーヘッド型」の墳丘デザインです。二重の周堀は現在では分からなくなっていますが、おそらく現在見られる周堀の縁辺の道路があるところが中堤でしょう。中堤は幅10mもあり、法面両側には葺石が施され、上には円筒埴輪が並べられていました。外堀の全貌は明らかになっていませんが、外堀まで含めると全長は300mくらいになります。
大鶴巻古墳のページでは佐紀古墳群を引き合いにして周堀について述べましたが、広くて整った周堀がこの古墳の特徴の一つです。
ちょうど田んぼとして使われていることもあって綺麗ですね。
大きな古墳なのでなかなか全体が写真に収まらないのですが、ようやくこの位置なら墳丘は全部入ります。
墳丘上に色々な植物が生えているため、写真だと分かりづらいと思いますが、もう少し前方部の先端のラインが分かるように位置を変えます。
昔は墳丘に登れたようですが、きっと何かあったのでしょう。
周辺のスポット
参考資料
● 現地説明板
●『群馬県史 資料編3 原始・古代3』(群馬県史編さん委員会/編・1981)P.232~ 「付図4」として墳丘図を掲載
●『群馬の古墳物語 下巻』(右島和夫/著・2018) P.34~