最終更新日:2022年5月17日

 長野県は、古代から現在まで漠然と一つの地域として語られることが多いが、『先代旧事本紀』の「国造本紀」では、科野と洲羽の二つの国造が記載されている。令制では信濃国が建置されたが、『続日本紀』によると養老5年(721)に諏訪国が分立し、天平3年(731)に信濃国に戻っている。

 諏訪国には伊那郡が含まれており、大雑把に言って古代より諏訪湖以南が一つの文化地域で、松本盆地以北がもう一つの文化地域と言え、長野県の二大河川である天竜川と千曲川は、天竜川は諏訪湖に発し太平洋側に流れ、一方の千曲川は日本海側に流れており、これが南北の大きな文化の違いのおおもとになっている。なお、現代では下図のように4つの地域に分けられることが多く、本ページもこれに合わせている。

 旧石器時代の遺跡としては、国内唯一のナウマンゾウのキルサイトである野尻湖底遺跡がある。県内全域で少数ではあるがナウマンゾウの臼歯が見つかっており、尖頭器も大型のものが見つかることから、列島各地の他の地域よりかは、ナウマンゾウやオオツノジカなどの大型動物の狩猟が多く行われていたことが分かる。

 県内全域で縄文遺跡も多数見つかっており、四方の地域の影響を受けた素晴らしい土器が大量に見つかっていて、しかも大型のものが多い。弥生時代の水田耕作の形跡も多く見つかっている。

 古墳時代の幕開けとともに、松本市に前方後方墳の弘法山古墳が築造されるが、その後、中信地域の古墳造営は低調で、後期には北信や南信に多くの古墳が造営される。北信では国内最大級の群集墳で、かつ渡来系要素が濃厚な大室古墳が造営され、南信の飯田市域では後期としては大型の部類に入る60~70m級の前方後円墳が長野県内で最も多く築造された。

 

1.北信地域

栄村


栄村歴史文化館 こらっせ

栄村堺9214-1

千曲川流域の山間部で新潟県と境を接する栄村の遺跡から出土した遺物が展示してある。長野と新潟を行き来するときは高速道路を使わず、下道を使ってこういった資料館を訪れるのも楽しい。

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千曲市

100
森将軍塚古墳

もりしょうぐんづかこふん

2018年11月7日撮影
2018年11月7日撮影
2018年11月7日撮影
2021年5月29日撮影

墳丘長100mの前方後円墳で長野県で最大の古墳。山石で葺石された上に、独特な形状の大型の埴輪が立て並べられ、墳丘平面部には玉砂利が敷かれるという最高度な積極的復元がなされ、独特な存在感を醸し出している。

恐らく日本で最も奇妙な形の前方後円墳だと思われるが、下手すると前方後方墳に見えてしまうのを防ぐために、後円部墳丘の裾に円を描くように石を敷いて後円形に見えるように頑張った。

また、墳丘の周りに小さな墳丘を伴う墓や埴輪棺を納めた墓など多くの墓が造られているのも特徴の一つ。

非常に眺望に優れており、何度登ってもその景色には感動する。

古墳館から歩いて登ると結構な登り道を20分くらいかかるため、時間や残存体力を気にしている場合はワゴン車での送迎を利用するとよい。古墳館で受け付けており往復で500円。

約100m(説)
1~3期



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20
2号墳

森将軍塚古墳の後円部側尾根伝いにある円墳で、他にも円墳がいくつもあるが、それらを見たいのであれば麓から歩いて登ってくるのがいいだろう。

20m(説)


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37
有明山将軍塚古墳

ありあけやましょうぐんづかこふん

前期の前方後円墳で、森将軍塚古墳からさらに10分ほど山を登ると到達できる。

37m(説)

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千曲市森将軍塚古墳館

ちくましもりしょうぐんづかこふんかん

千曲市大字屋代29-1
026-274-3400

9時~17時
月曜休館
一般200円 
※長野県立歴史館の入館券とのセット販売もある
※森将軍塚古墳への送迎代は往復で500円(片道もある)

森将軍塚古墳の前方部先端に立て並べられていた合子形埴輪
男子トイレの洗面台の上に置いてある「森将軍塚古墳スポンジ」は職員お手製だ

森将軍塚古墳の主体部の竪穴式石室の実物大の復元があり圧巻。

竪穴式石室はレプリカであっても見られる場所はあまりないため貴重。

他には森将軍塚古墳を始めとした県内の古墳をパネルや遺物で紹介している。長野県は「将軍塚」という名前の古墳がやたら多いのが面白い。

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長野県立歴史館

ながのけんりつれきしかん

千曲市大字屋代260-6
026-274-2000

3~11月:9時~17時(16時30分)
12~2月:9時~16時(15時30分)
月曜休館
常設展300円、企画展300円、セット500円
※森将軍塚古墳館の入館券とのセット販売もある

公式サイト

東御市中原遺跡群出土・深鉢(前期後葉)

長野市松原遺跡出土・台付深鉢(前期末葉)
※以前のキャプションには「トロフィー形土器」とあったが今はその呼び名は使わないのだろうか

旧石器時代から近代までが時系列で見ることができる施設。考古展示もあり、縄文土器の優品も展示してあるが、新しい時代の歴史時代に詳しい。

全時代を見学しようとすれば2時間は必要だと思うが、旧石器時代から律令時代までをザーッと見るのであれば、30分ほどで可能だと思う。

ただし、企画展をやっていることもあるし、ミュージアムショップでの買物時間も考慮して見学時間を計算しておいた方がいい。

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長野市


姫塚古墳

ひめづかこふん

川柳将軍塚古墳より前に築造された古墳と考えられる。川柳将軍塚からさらに少しだけ登った場所にあるので頑張って見学しよう。

31m(説)
1~3期



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川柳将軍塚古墳

せんりゅうしょうぐんづかこふん

長野県で2番目の墳丘長の前方後円墳。古墳の近くまで車で行けなくもないが大きい車だと車体をこする可能性のあるゾーンを通るため、下の方の駐車場に車を停めてから歩いて登る方が無難。クマにも注意が必要だが、駐車場にある簡易トイレは入ると閉じ込められる可能性があるので入らない方がいい。

93m(説)
1~3期



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南向塚古墳

なんこうづかこふん

長野県内では珍しく沖積地に築造された前方後円墳。道路からも良く見える。築造時期は6世紀の可能性が高いが未確定。

46m(説)



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大室古墳群

おおむろこふんぐん

積石塚の168号墳
石室は合掌形石室という珍しい造り
186号墳
186号墳の石室は入りやすい
197号墳の石室も入りやすい

5世紀から築造が始まった群集墳で、総数は500基を超えている。

墳丘は一般的な古墳と同じように土を盛って造られたものや、石だけを積んで造られた積石塚、それに両者の要素を合わせたものがあり、多分に渡来系の要素が強く、古墳群の造営開始時期は列島内での馬の飼育が本格的に始まる時期と重なるため、すでにこの時期に後の勅使牧に相当するような馬牧を信濃に設置し始めたのではないだろうか。

立地も特殊で、通常の古墳群とは異なり、尾根の上ではなく谷の間に造られている。

駐車場を備えた古墳館が古墳群を歩く際の起点となり、緩い山道を登っていくと、随所に古墳が見え、そのうちのいくつかには石室に入ることができるが、危険な個所もあるため注意して歩こう。また、あまり谷の奥まで歩いて行くと帰るのが大変になるのでこれも注意。

古墳群自体がちょっと分かりづらい場所にあるが、カーナビに大室古墳館の住所(長野市松代町大室310)をセットすれば到達できるはず。

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大室古墳館

おおむろこふんかん
長野市松代町大室310

大室古墳群のガイド施設。パネルによって大室古墳群について解説しており、ヴィデオも見られるので、それを見てから古墳群を登るのもいいだろう。

なお、ここに至る道は狭いため、大きい車の場合は運転に注意しよう(運転に自信があれば大丈夫だと思うが保証はしない)。

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妻女山展望台

さいじょざんてんぼうだい
長野市松代町岩野

川中島合戦の古戦場跡を一望できる。

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川中島古戦場(八幡原史跡公園)


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松操山典厩寺

てんきゅうじ
長野市篠ノ井杵淵1000

武田信玄の弟・典厩信繁の墓がある。

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松代城跡

まつしろじょうせき
長野市松代町


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長野市立博物館


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長野県埋蔵文化財センター

長野市篠ノ井布施高田963-4

展示室は小さいが県内各所で発掘された注目すべき遺物が展示してあり、定期的に新しいものに展示替えされる。職員の方に質問すれば詳しく解説してくれるだろう。

土日祝休館
8時30分~17時
入館無料

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信濃町


杉久保遺跡

すぎくぼいせき



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野尻湖底遺跡

のじりこていいせき



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野尻湖ナウマンゾウ博物館


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野尻湖のナウマンゾウの親子像




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2.東信地域

上田市


二子塚古墳

48m(説)
9期

小県・佐久地方での唯一の前方後円墳。墳丘は改変を受けているが、古墳らしい雰囲気は十分に残っている。

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二子塚古墳陪塚

5基あったと言われる陪塚のうち現存するのはこれのみ。ただし、位置的には陪塚にふさわしい場所だが、本当に陪塚であることが確認されているのかは分からない。

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赤坂将軍塚古墳

東西18m・南北17m(説)

径18mほどの円墳。横穴式石室が開口しており、羨道入口の天井は低いため入出するときはしゃがむ必要があるが、両袖式の玄室の天井は高くて心地よい空間。羨道上部に明り取りの小窓のようなものが開いており、当初からもしこの構造だったら非常に珍しいが、後世に石が抜き取られたのだろう。



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信濃国分寺跡

遺跡がしなの鉄道の線路に分断されているため、全体を歩くのにはちょっと不便だが、各所に詳しい説明板が設置してあり親切。

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信濃国分尼寺跡

全国的に僧寺と尼寺は近い場所に造られたが、信濃は近すぎ。僧寺と同様、鉄路に分断されているが、親切な説明板が理解を助けてくれる。タイミングが良ければ、遺跡と鉄道が一緒に撮れる。

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上田市立信濃国分寺資料館

展示のメインは国分寺跡関連であるが、縄文土器などの古い時代の展示も充実している。基本的には館内は撮影禁止だが、全体的な写真は撮っても大丈夫なので係りの方に確認しよう。

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佐久市


龍岡城跡(五稜郭)

佐久市田口3000ほか

函館の五稜郭とともに国内に2つしかない五角形の近代城郭跡。続日本100名城。スタンプは「五稜郭であいの館」にある。



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五稜郭であいの館

佐久市田口2975-1
0267-82-0230

火曜日休館
9時30分~16時
入館無料

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佐久市考古遺物展示館

佐久市内の遺跡出土の考古遺物が展示してあり、コンパクトに美しくまとまっている。

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佐久市臼田文化センター

温かな手作り感のある資料館で考古遺物の展示も比較的多くあるが、2024年くらいに閉館予定。

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佐久市望月歴史民俗資料館

中山道の望月宿にある。公式サイト上には考古遺物についてほとんど紹介されていないが、来てみると意外と多い。展示物の撮影については接写は禁止なので注意。

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佐久穂町


北沢大石棒

2.23mを誇る日本最大の石棒が佇立しており、まさに縄文マニアの聖地と言えよう。石棒そのものを地面に突き刺して立てているため、見えている部分はスペック上の長さより短い。なお、この石棒は最初からこの場所に安置されていたわけではなく、高所から転落してきたものを後世の人が立てたらしい。



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3. 中信地域

塩尻市


平出遺跡




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平出1号墳




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平出2号墳




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菖蒲沢窯址




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平出一里塚




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塩尻市立平出博物館

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松本市

66
弘法山古墳

2018年11月7日撮影
2021年5月29日撮影
2021年8月1日撮影
在地の人びとに接触を図るAICTメンバー(2022年4月21日撮影)

墳丘を直に降りて撤収する在地の人びと(2022年4月21日撮影)

弘法山古墳出土・壺(松本市立考古博物館にて撮影)
弘法山古墳出土・手焙土器(松本市立考古博物館にて撮影)
弘法山古墳出土・半三角縁四獣文鏡(松本市立考古博物館にて撮影)

墳丘長66mを誇る甲信以東で最古級の前方後方墳のひとつ。説明板には3世紀終わり頃の築造とあるが、おそらく3世紀半ばであろう。出土遺物を見ると、濃尾の勢力がこの地に進出して王として君臨したことが推定できる。

前方後方墳らしく、ほぼ独立した丘上に、松本盆地方面に前方部を向けて築造されており、非常に見晴らしがよい。反対に麓からも墳丘を確認することができる。

松本盆地ではこの古墳の築造後は大きな古墳が築かれることがなく、古墳時代後期には群集墳が築かれ、むしろ北信の長野市周辺や南信の飯田市周辺において古墳の築造が盛行する。

2021年8月に訪れた時には、大きなトレンチを開けていたので、その報告が楽しみ。

松本市立考古博物館には弘法山古墳のコーナーがある。

66m(説)
1期



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松本市立考古博物館

まつもとしりつこうこはくぶつかん

松本市中山3738-1
0263-86-4710

月曜休館・冬季は土日のみ開館
9時~17時
一般200円

⇒公式サイト

女性の身体が表現された土板でエリ穴遺跡から出土
亀ヶ岡文化の影響を受けたエリ穴遺跡出土の土偶で目が4つある
縄文土器コーナー
エリ穴遺跡コーナー

異形台付土器

松本市内の遺跡から出土した遺物を展示。長野県らしく素晴らしい縄文土器が多数展示してあるが、土偶も負けていないので良く見てみよう。

縄文遺跡では中期から晩期の集落遺跡であるエリ穴遺跡を大きくフィーチャーしており、女性の身体が表現された土板や、遮光器土偶で有名な北東北発祥の亀ヶ岡文化の影響を受けた土偶など、面白い遺物を見ることができる。

古墳時代では全国的にも有名な弘法山古墳の展示が充実。

松本に来たら必ず寄りたい施設で、最低1時間は確保して臨もう。

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4.南信地域

飯田市

44.5
代田山狐塚古墳(代田山2号墳)

前方後方墳という形状にもかかわらず、以前は後期の築造と考えられていたが、今では他の地域と同じく前期であることが明らかとなった。飯田市内最古の古墳といえる。前方後方墳らしく山の上にあるが、下の道路から石段を登っていってもそんなに大変ではない。

44.5m(説)
7~8期とあるのは誤り

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72.7
十王堂の塚古墳(塚越1号墳)

72.7m(DB)
10期

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国指定史跡飯田古墳群について

 飯田市のHPによると、国指定史跡飯田古墳群に含まれる古墳は以下の13基で、鏡塚古墳と鎧塚古墳が帆立貝形古墳であるほかは、すべて前方後円墳である。

・高岡第1号古墳
・飯沼天神塚(雲彩寺)古墳
・御射山獅子塚(みさやまししづか)古墳
・姫塚古墳
・上溝天神塚古墳
・おかん塚古墳
・水佐代獅子塚古墳
・大塚古墳
・塚原二子塚古墳
・鏡塚古墳
・鎧塚古墳
・御猿堂(おさるどう)古墳
・馬背塚(ませづか)古墳

40
姫塚古墳

後円部に横穴式石室が開口しており中に入ることができる。石室内は全体的にベンガラが塗布されているように赤みを帯びており、奥壁の石の積方が大きな石と小さな石を区分けしたように積まれており特殊。

40m(説)

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塚原古墳群とのその周辺の古墳

 現地説明板の図によると、塚原古墳群は、13号墳までナンバリングされており(10号墳は欠番?)、その東側には金山古墳群があり、これらの周辺にも多くの古墳が存在することが分かる。



73
塚原二子塚古墳(塚原1号墳)

つかばらふたごづかこふん
塚原古墳群

73m(説)

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30
内山塚古墳(塚原2号墳)

塚原古墳群

30m(説)

説明板が立っており、畑がわずかに膨らんでいるように見えるが、墳丘かどうか分からない。

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33
鏡塚古墳(塚原4号墳)

塚原古墳群

33m(DB)
7~8期

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45
鎧塚古墳(塚原5号墳)

塚原古墳群

45m(説)
7~8期?



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塚原11号墳

塚原古墳群

説明は立っているがどこに墳丘があるのか分からない。

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金山二子塚古墳

金山古墳群

塚原古墳群の他の古墳のある場所から一段下がった丘の上にあるが、沖積地からはまだ1段高い。民家の敷地内にあるようなので、丘の上から遠望。

9期

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黄金塚古墳

金山古墳群

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飯田市考古博物館

2022年4月1日に「上郷考古博物館」から「考古博物館」に改名。市内の古墳について詳しい展示解説があり、資料も手に入るため、古墳をめぐる際には最初に訪れるとよい。ホモサピエンスではない人びとが創った可能性のある竹佐中原遺跡と石子原遺跡の石器の展示もあり必見。

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伊那市


御殿場遺跡

市内最大級の縄文中期の集落跡と目されている。竪穴住居が復元されているほか、住居跡を示す標柱が複数立っているが、そのエリアは柵で覆われており中に入ることはできない。

国指定重要文化財「顔面付釣手形土器」が出土した遺跡。土器は伊那市創造館に展示してあり、ほぼ完形で出土した様子が分かる。


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月見松遺跡

縄文中期を主体とする大規模集落跡。説明板と標柱以外に目で見ることのできるものはないが、遺跡から見える雄大な景色を拝むだけでも訪れる価値がある。

伊那市創造館のキャラクター「つきミン」のもとになった土偶や同館に展示してある「顔面把手付大深鉢」が出土した遺跡。

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伊那市創造館




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高遠城跡




20161113

 

茅野市


中ッ原遺跡

湖東6407-1 中ッ原縄文公園

国宝・仮面の女神(尖石縄文考古館にて撮影)

国宝・仮面の女神が出土した縄文時代中期の集落跡で、仮面の女神が出土した状況が復元されている。

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棚畑遺跡

国宝・縄文のビーナス(尖石縄文考古館にて撮影)

縄文時代中期を中心とした集落跡。国宝・縄文のビーナスが出土した遺跡だが、出土時点ズバリの場所には行けない。

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与助尾根遺跡

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尖石石器時代遺跡

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尖石縄文考古館

縄文のビーナスと仮面の女神の部屋




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富士見町



井戸尻遺跡

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井戸尻考古館

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井戸尻歴史民俗資料館

入口近くには民俗展示が展開しているため普通の歴史民俗資料館と思いきや、奥の部屋には中国の銅鏡コレクションが凄いほか、紅山文化や良諸文化などの宝器類も展示してあり、日本の縄文文化との関連が指摘されている猪龍や鉞の展示もあり必見。


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南箕輪村


神子柴遺跡

みこしばいせき

縄文草創期の最初期は、神子柴・長者久保文化期と呼ばれるが、その名称のもとになった遺跡。現状は、石碑と説明板があるのみ。台地の基部からは入ることはできず、台地の下から階段に登って石碑がある場所へ行こう。台地の下の道路傍には駐車場とは書いていないが、なんとなく乗用車を停められる空き地がある。史跡指定はされていない?

出土遺物は伊那市創造館にあり、同館では神子柴遺跡について詳しく解説してある。

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