
講座概要
伊豆半島北側には興味深い横穴墓が点在しており、全国的に見ても独特な文化を持っています。また、縄文遺跡も多く、関東の土器を見慣れている人からすると中期の場合は勝坂式や加曽利E式と風合いが似ていると感じつつも、ちょっと違うなと思うことでしょう。
一方、伊豆半島南端の伊豆の国市や下田市周辺には、弥生時代から平安時代にかけての古代遺跡が密集しています。特徴としては、祭祀跡が多いことです。なぜ、古代人は伊豆半島南端で積極的な祭祀を行ったのか?その祭祀の目的は何だったのか?現地の地形を見ながら古代に思いを馳せてみましょう。
※本現地講座の行程は、2026年7月に催行したものと基本的に一緒ですが、部分的に修正します。
※本現地講座を企画した段階では、各館の休館予定はチェックしていますが、もし臨時休館になってしまった場合は、他の箇所で代替させていただきます。
※各館に展示してある遺物に関しては、タイミングによっては他館へ貸出している可能性がありますが、その場合はご了承ください。
※本現地講座は自動車でめぐります。
本講座のテーマ
AICTの掲げるテーマの内、本講座は主として「◎」に該当します。
| 旧石器時代 | 日本人のルーツと列島文化の始まりを探る | |
| ◎ | 縄文時代 | 土器と土偶を楽しもう・列島各地の多様な縄文文化に触れる |
| ◎ | 弥生時代 | 列島各地における国ぐにの発生と邪馬台国の謎を追う |
| 古墳~飛鳥時代 | リアル日本書紀・ヤマト王権の確立と古代国家成立への軌跡を探る | |
| ◎ | 古墳~飛鳥時代 | 列島各地の古墳をめぐろう・諸国古墳探訪 |
| ◎ | 古墳~飛鳥時代 | 祭祀遺跡 |
| 奈良~平安 | リアル続日本紀・列島各地に残る律令国家を見る | |
| ◎ | ジオ | 伊豆の地形の成り立ち |
開催日
2026年12月19日(土)~20日(日)
集合場所と出発時刻
三島駅を9時に出発します
※三島駅北口のロータリーにあるミニストップの前に9時までにお集まりください
宿泊場所
伊豆急下田駅から徒歩圏でお取りください。
※万が一取れなかった場合や少し離れた温泉旅館が良いと言った場合は、車で10分程度でしたら送迎します。
解散場所
三島駅に18時までに戻ります。
ランチ
夏に開催したときの実績は下記のとおりですが、同じものが食べられるとは限りませんのでご了承ください(食事代は各自お支払いください)。


主な探訪箇所
※探訪順は下記の順ではありません。

井田松江古墳群|沼津市
井田松江は、「いたすんごう」と読みます。初見じゃ絶対読めません。33基ほどの円墳から構成される後期の群集墳です。7号墳・21号墳・18号墳・9号墳が発掘調査され、18号墳の横穴式石室の全長は8mあり、発掘時の状態で見学できるようになっています。

? 
白石の石棺|沼津市
墳丘は残っていませんが、長さが2.3ⅿで、高さが1.9ⅿもある伊豆石で造られた巨大な刳抜式の家形石棺がでーん!と置かれています。石棺を見慣れた人でも「何だコレは!」と驚嘆することでしょう。
身の短辺側には孔が開いており、畿内の研究者がいうところの「横口式石槨」の可能性もあるという大変珍しい石棺です(蓋は盗掘の際に破壊されたのでしょう)。内部も非常に奇麗に整形されており、この石棺を見るだけでもこの現地講座に参加する意味があると言っても良いくらい素晴らしいものです。


北江間横穴群 大北横穴群|伊豆の国市
北江間横穴群は、7~8 世紀頃に造営された横穴墓群。大北横穴群と大師山横穴群とで構成されており、両方とも車で近くまで行けますが、横穴墓群を間近で見るために足場が良くない斜面を登ります。
大北横穴群では47 基の横穴が確認されており、火葬された骨を納める石櫃が25個もみつかっています。石櫃自体東日本では珍しいですが、それが横穴墓内で大量に見つかっているのです。今なお、現地に無造作に置かれている石櫃もありますが、24号墓の石櫃には、「若舎人」と刻されており大変貴重なので、「いずしる」に展示しています。24号墓の被葬者は、奈良時代に中央に出仕して天皇の警護などに従事した人物なのでしょう。

東日本で石櫃が「うじゃーっ」と置かれている光景は非常に珍しい。


北江間横穴群 大師山横穴群|伊豆の国市
大師山横穴群は、大師山の丘陵南斜面に造営されています。現在、等高線に沿って10基の横穴が確認されています。西側の2基が大型で、横穴墓としては珍しく家形石棺が安置されています。この10基は時期の差もありますが、身分格差も感じられます。

本現地講座で見学する古墳(横穴墓)は以上の4か所ですが、古墳好きの方には堪らないラインナップになっていると考えます。

韮山役所跡|伊豆の国市
戦国時代に後北条氏に仕えた土豪の江川氏は、江戸期には伊豆・駿河・相模・武蔵(時期によっては甲斐)の天領の支配を任され、支配地は最大時は10万石ほどもありました。代官とはいえ、実質的にはそこそこの大名だったと言って良いでしょう。本遺跡はその江川氏の役所跡で、江川家住宅は国指定重要文化財です。

現在裏門として使用されている門は、天正18年(1590)に韮山城が豊臣政権軍に攻められた際に被った矢玉の跡が残っており、戦国時代の戦いがリアルに想像できる全国的に見ても大変貴重な建築物です。

歴代の韮山代官の中でもっとも著名なのが江川英龍(ひでたつ)です(享和元年<1801>~安政2<1855>)。通称の太郎左衛門の方が有名かもしれません。また、坦庵と号しました。幕府に対して海防の重要性を説き、韮山反射炉の建築に着手し、国内に西洋砲術を広めるのに貢献しました。本来の立場的には地方代官でしたが、幕閣入りして、勘定奉行就任を目前にして55 歳で病没。兵糧にするために西洋式のパンを焼いたことでも知られ、「パン祖」とも呼ばれています。
余談ですが、多摩地域は江川氏の支配地域でしたが、英龍は日野の佐藤彦五郎などともに農兵の拡充に努め、天然理心流の隆盛にも影響を及ぼしています。土方歳三も英龍の農兵構想を学んだと言われています。多摩地域は新選組の故郷ですが、多摩の人びとが幕府が好きなのは、江川氏の代官支配が上手くいっていたからだと言われています。

韮山反射炉|伊豆の国市
反射炉とは、質の悪い銑鉄を溶かして高品質な鉄を生産するための炉。ドーム状になっている炉内部の溶解室の天井に炎や熱を反射させて高温を生み出すことから反射炉と呼ばれました。韮山反射炉では、大砲の製造がおこなわれ、実際に稼働したものが現存している反射炉としては国内唯一の存在です。

韮山代官・江川英龍は、嘉永6年(1853)のペリー来航前から反射炉の建築に着手していましたが、資料はオランダ語で書かれた書物しかなく、完成させることはできませんでした。しかし、父の遺志を継いだ息子の英敏は、反射炉を建造していた佐賀藩の協力のもと、安政4年(1857)11月についに完成させます。
幕府直営の反射炉としては、元治元年(1864)に稼働を終えましたが、それまでに鉄製18ポンドカノン砲や青銅製野戦砲などの西洋式大砲を鋳造しました。ガイダンスセンターに詳しい解説があります。

伊豆の国歴史館いずしる|伊豆の国市
今年オープンしたピッカピカの資料館。旧石器時代から近代までの市内の歴史について分かりやすく解説しています。縄文土器の展示も素晴らしく、北江間横穴群出土の大変貴重な「若舎人」と刻された石棺(8世紀初頭)も展示しています。



上白岩遺跡|伊豆市
伊豆市資料館から県道を挟んだ南側にあります。縄文時代中期後半から後期初頭の配石遺構や住居跡などが検出されました。配石遺構は、環状・組石状の小配石が20ほど存在し、それが直径15ⅿほどの環状を形成しています。それらの小配石は墓であることが確実なものが多いです。東海地方で環状列石が完全な形で出土したのは本遺跡が初めてでした。また、10mの帯状列石も確認されています。

出土した遺物は伊豆市資料館に展示。なお、市内大塚遺跡でも本遺跡と同じ頃の配石遺構が確認されています。

伊豆市資料館|伊豆市
常設展示室は4 つのゾーンに分かれ、自然・遺跡ゾーンでは、市内の遺跡から出土した考古遺物を展示しています。なお、伊豆市にある柏峠は後期旧石器時代から使用された黒曜石の産地で、各地の遺跡から柏峠産の黒曜石製の石器が出土していますが、具体的な露頭の場所は分かっていないようです。


洗田遺跡|下田市
5~6世紀の祭祀遺跡。西側に位置する三倉山を信仰していたと考えられており、奈良の三輪山信仰との関連を指摘している研究者もいるらしいです。実際に、本遺跡から出土した遺物と大神神社の祭祀遺物の時期は重なります。伊豆半島内の他の遺跡から出土する遺物と対応させて考えてみても、ヤマト王権の影が見え隠れしています。西の宗像沖ノ島の祭祀遺構と比較しても面白いでしょう。
※遺跡に入ることはできないので、遺跡の近くから景観を眺めます。


日詰遺跡|南伊豆町
青野川と一条川の合流点にある弥生時代後期から平安時代にかけての複合遺跡。弥生後期の方形周溝墓が検出され、古墳時代中期以降の祭祀跡も見つかっています。海に近いため、他地域との交流が盛んであったことは容易に想定できます。現地では特に目で見られるものはありませんが、ヤマト王権との関係を含め、現地の地形や風景を見て想像をめぐらせてみましょう。


道の駅 下賀茂温泉 湯の花 展示館|南伊豆町
南伊豆町には以前は南伊豆郷土館があって、そこに遺跡から出た遺物を展示していましたが閉館しました。その代わり、道の駅内に展示館を設け、充実した展示を行っています。

なお、ここの道の駅にはお菓子や食品類で欲しいと思うものが沢山あります。散財に注意しましょう。

天城山隧道|伊豆市
往古より伊豆半島内陸部を南北に行き来するための天城越えは道が厳しかったのですが、明治38年の天城隧道の落成によりそれが解消されました。「切り石巻き工法」という手法で構築された幅4.12mのトンネルは、445.5mの長さがあり、国内で最長・最古の石造道路隧道として、平成13年に国の重要文化財に指定されています。石材には旧大仁町の吉田石を使用しています。

本来的には隧道入口まで車で行けるのですが、夏の現地講座で訪れた際にはそこへ行くまでの道が通行止めでした。そのため、隧道入口まで片道30分歩いたのですが、今回ももし通行止めの場合は歩きます。緩い登り坂ですのできつくはなく、喋りながら楽しく歩いているとそのうち着きます。
隧道内も美しく整備されているので、「来てよかった!」と思うことでしょう。


天窓洞|西伊豆町
てんそうどう。白い凝灰岩によって形成された海蝕洞窟で、「青の洞窟」とも呼ばれます。洞窟は複雑な構造をしており、東・南・西の3か所に入口があり、洞窟全体の長さは約147 メートルに及びます。中央部は天井が丸く抜け落ちた箇所があり、それが名前の起こりです。

洞窟めぐりの遊覧船に乗船予定です。所要時間は約20分で、乗船料金は1,500円です。
なお、天候不良による休航の可能性もあります。その場合はご了承ください。
参加費
参加人数が2名様の場合、お一人様44,000円
参加人数が3~5名様の場合、お一人様39,000円
催行人員
最大5名様、最少2名様
キャンセル料と発生時期
キャンセル料は、以下の通りです。
・開催1ヶ月前からは、19,500円
・前日・当日は、39,000円
参加予定メンバー(8月24日現在)
・沖永さん
・ともさん
以上、女性2名様(残席3名様)。
