3/4【日帰り】東京近郊で学ぶ古代史② 川越の古代史 <第83次 AICT>

※AICTの現地講座は、クラブツーリズム株式会社の「歴史への旅」で6年間講師(ナビゲーター)を勤めた稲用章がご案内します。
※AICTの現地講座は、クラブツーリズム株式会社などの旅行会社が開催する古代史ツアーと似ていますが、違う点もあります。旅行会社のツアーとの違いなどについては、こちらに記載していますので、初めて参加する方は必ずご覧ください。

 

本講座のテーマと概要

 川越(河越)には日本最大の上円下方墳である山王塚古墳があるほか、あまり有名ではありませんが、多少の古墳があります。令制武蔵国の範囲で見ると、埼玉古墳群などのある荒川流域と荏原台古墳群のある多摩川流域の2大勢力に挟まれた地域で、古墳時代後期には、両地域に負けない勢力が生まれました。本講座では、主として古墳時代から平安時代までの川越の歴史について学びます。

 古代史を考察する上では、古墳、神社、官衙(役場)、寺院、そして道路の位置関係や歴史的背景を複合的に考える必要がありますが、そういう意味では、川越は良いサンプルが揃っており、古代の社会を知る上で格好の場所です。


 「東京近郊で学ぶ古代史 第1弾」の東京都北区の飛鳥山の現地講座と違い、本講座はいつもの歩き講座と同じように歩きます。

 AICTの掲げるテーマの内、本講座は主として下表の「◎」に該当します。

旧石器時代日本人のルーツと列島文化の始まりを探る
縄文時代土器と土偶を楽しもう・列島各地の多様な縄文文化に触れる
弥生時代列島各地における国ぐにの発生と邪馬台国の謎を追う
古墳~飛鳥時代リアル日本書紀・ヤマト王権の確立と古代国家成立への軌跡を探る
古墳~飛鳥時代列島各地の古墳をめぐろう・諸国古墳探訪 武蔵編(入間川流域)
奈良~平安リアル続日本紀・列島各地に残る律令国家を見る

 ※本講座の企画時には、川越市立博物館の臨時休館のお知らせはありませんが、万が一臨時休館が発表された場合は代替個所への探訪とさせていただきます。

 

開催日

 2023年3月4日(土)
 ※雨天決行ですが、事前に天気予報で確認して、暴風雨や大雪が予想される場合は順延にして、改めて参加希望者を募ります(順延にする場合は、遅くても前日夕方までに決定して連絡します)

 

集合場所と出発時刻

 JR川越線 的場駅 10時出発 → 最終的に行程を決めたところちょっと厳しいので、9時40分に変更します。

 遅くても下記の電車でいらしてください(川越線は本数が少ないので注意してください)。

 川越方面からいらっしゃる方 ・・・ 川越駅8:26発 的場駅8:33着
 八王子方面からいらっしゃる方 ・・・八王子駅7:18発 的場駅8:35着
 

歩程

 約9㎞(あくまでも地図上)
 
 ※10時少し前に出発して16時半に解散のため、歩いていない時間は昼食を食べている間と、電車やバスで移動している間ですから、5時間くらいは歩くと考えてください。ただし、高低差はほとんどありません。

 ※高低差のない街中を5時間歩けないとなると、本現地講座でなくても、どこが開催するかに関わらず、一般的な歩きのツアーに参加することは困難だと考えられます。面白いものを見に行くのですから、頑張りましょう!

 

昼食

 本川越駅近くで自由食

 

解散場所と時刻

 西武新宿線 南大塚駅 16:30頃解散予定

 

主な探訪箇所

 今回訪れる地域の古代史地図を以下に示します。

『古代入間郡の役所と道』(川越市立博物館/編)より転載

 この地図に示されていることをすべて説明することはできませんが、この地図が川越の古代史を考える上で基本になります。

 以下に探訪箇所を示しますが、探訪順は変更になることがあります。

 

東山道武蔵路跡

 律令国家が造った東山道の支道で、JR的場駅の西側に当時の道とほぼ重なる部分が現代でも道として利用されています。

 

 以前AICTで探訪した東京都国分寺市にある東山道武蔵路跡の延長線上になりますよ。

 

47
牛塚古墳

 川越市を代表する前方後円墳で、後期末あるいは終末期初頭の築造です。上戸日枝神社との関連も考えられ興味深いです(上戸日枝神社の項を参照)。

 

 写真は6年前に探訪した時のもので、今は整備が進んでもう少し綺麗になっており、墳丘にも登れるようです。

 


上戸日枝神社

 郡家の戌亥(北西)方向は神聖な場所とされ、一般的に式内社クラスの大きな神社があることが多く、宝亀3年(772)の太政官符に登場する入間郡家西北隅の「出雲伊波比神」は、現在の上戸日枝神社と推定されています(入間郡家については後述)。

 上戸日枝神社は、秩父平氏の河越氏が所領を後白河上皇に寄進した際に、京都の新日吉を勧請したのが始まりとされています。

 

 興味深いことに、上戸日枝神社から南へ向かって伸びる参道の先には、川越市内最大の前方後円墳である6世紀末築造の牛塚古墳(墳丘長47m)があり、「牛」というのは、貴人を示す「大人(うし)」のことと考えられ、宝亀3年の時点で存在した出雲伊波比神は、6世紀末のこの地の支配者に対して何らかの意図を持って祀られたと想起させられます。

  


河越館跡

 平安末期以降、この地を拠点とした河越氏の居館跡で、綺麗に整備されており、中世武士の居館の様相が良く分かります。

 

 河越氏は関東で勢力を張っていた桓武平氏の流れの秩父平氏の一族です。河内源氏との関りが強く、河越重頼の妻は、源頼朝の乳母・比企尼の次女(河越尼)で、鎌倉幕府2代将軍・頼家の乳母を勤めました。また、重頼の娘・郷御前は、義経の妻となっています。この辺の話は、2022年の大河ドラマの時代と重なります。

 その大河ドラマには畠山重忠が登場しましたが、河越重頼とは又従兄弟の関係になり、以前AICTで世田谷区と狛江市の古代史歩きをした時に立ち寄った慶元寺に江戸重長の像があります。重長も秩父平氏で、重頼より一世代上に当たります。彼らの拠点は、すべて水路で結ばれています。

 河越氏の霊廟と考えられる施設も復元されています。

 

 往時の全体イメージはこのような感じ。

現地説明板を撮影

 いかにも武士の館という感じで、教科書に載ってそうな絵ですね。

 土塁も残っていますが、戦国期に関東管領山内上杉氏と扇谷上杉氏が対立した長享の乱の際に、この地に山内上杉氏が陣を構え、それを上戸陣と呼び、いま見られる土塁はその時の遺構ということです。

 

 


常楽寺と大道寺政繁の供養塔

 川越山と号する時宗の寺院。河越氏は、応安元年(1368)の武蔵平一揆で滅亡しましたが、河越氏の持仏堂が発展して寺院となったといわれています。

 川越は戦国期の後北条氏時代は、その重臣の大道寺政繁が治めていましたが、天正18年(1590)に豊臣政権軍が関東に攻めてきた際、政繁は豊臣側に寝返り、道案内をしました。これにより豊臣政権軍は非常に助かったのですが、小田原城が陥落したあと、政繁は冷酷非情な秀吉から忠誠心のない男と断罪され、自害させられてしまいました。常楽寺の墓地には、政繁を供養する宝篋印塔があります。

 


天王公園

 面白い名前の公園ですが、現在は祠やお堂はありません。ただし、『新編武蔵風土記稿』「巻之百八十一 高麗郡之六 上ハ戸村」では、「天王社」という項目が立っているため、江戸末期のころには社があったことが分かります(項目だけで本文はありません)。

 天王と言えば牛頭天王のことを指すと思われ、そうすると素戔嗚(スサノオ)との関連も考えられますね。武蔵国は出雲系の神社が多い場所です。

 
 


霞ヶ関遺跡(入間郡家跡)

 霞ヶ関遺跡は、近隣の天王遺跡および山王久保遺跡とともに、霞ヶ関遺跡群を構成しており、それらは入間郡家とそれに関連する遺跡であることがほぼ確定しています。

 7~9次の発掘では、7世紀末から8世紀初頭に竪穴住居がみつかり、集落の存在も明らかになっていますが、その傍に郡庁の一部と推定される大型の掘立柱建物が建てられ、2回以上の建て替えを経て、平安時代に廃絶されたと考えられています。

 入間郡家の東側、500mくらいの至近の距離には入間川が南北を流れており、入間川は確実に舟運に利用されていますし、西側約1.5kmには、東山道武蔵路がやはり南北に通っており、南側約700mの地点には東の足立郡と西の高麗郡を結ぶ伝路があり、交通網が張り巡らされていました(冒頭の地図を参照)。

 

 写真はだいぶ前の2015年に訪れた時のもので、公園を作っている所でした。現在でも、遺跡公園があるわけではないので、目で見られるものはありませんが、入間郡の郡衙の場所を実際に目で見ておきましょう。

 ここから東武東上線に乗って川越市駅まで移動します(ここまで歩程5㎞)。

 

ランチ

 川越市駅に到着後、自由食とします。本川越駅の近くに食べ物屋が多いので、そちらで食べると思いますが、12時半から13時くらいがランチ開始時刻になると思います。

 午後は現代の川越市街地を歩きますが、市街地部分は古代の頃は政治的に重要な場所ではなく、古墳が造られる墓域で、それは中世まで引き継がれ、戦国期には扇谷上杉氏の河越城がありましたが、やはり墓域として活用されていたようです。

 古代史的にはそれほど見るべきものはないのですが、川越市立博物館は訪れた方がいいです。

 

近世川越城の空堀跡(喜多院西側)

 ※時間の都合で割愛するかもしれません。

 

喜多院内にある古墳

 ※時間の都合で割愛するかもしれません。

 

仙波日枝神社古墳

 


三芳野神社と富士見櫓跡(川越城の遺構)

 


川越市立博物館

 川越市の歴史を知るには絶対に訪れるべき博物館で、原始時代から近代まで豊富な展示があります。

 
 

 ※川越城本丸御殿および川越歴史博物館は探訪しません。
 


川越氷川神社

 

 このあと、川越氷川神社からバスに乗って川越駅まで移動し(14:52発、15:17着に乗りたい)、さらに川越駅西口からバスで10分ほど移動します(川越シャトル21系統 15:30発に乗車し、豊田町2丁目 15:40到着予定)

 川越市街地の歩程は約2.5㎞。

 

もうすぐ 69
山王塚古墳

 国内には10基ほどの上円下方墳があるとされていますが、その中で最大、一辺は70m近くあります。

 

 このあと、西武新宿線・南大塚駅まで歩き、そこで解散です。

 

参加費

3,000円
ただし、AICTに初めて参加される方は、お試し価格として1,000円とさせていただきます(常連の方々、ごめんなさい!)

※川越市立博物館の入館料は別途お支払いください(一般200円)
※参加費は講座当日に稲用に直接お支払いください(領収書が必要な方は事前にお知らせください)
※簡易レジュメ付き
※ガイディングレシーバーを使用するためご自身のイヤホンがある方はご持参ください(お持ちでなければこちらで用意したものをお貸しします)

 

キャンセル料と発生時期

 開催日の1ヶ月前である2月4日以降にキャンセルをされた場合は、参加費の半分の1500円をキャンセル料としていただきます(稲用への振込という手間が掛かりますのでご注意ください)。
 

催行人員

 最大10名様
 ※ご友人を誘っていただいての参加も大歓迎です

 

参加予定メンバー(1月28日現在)


・マッサン
・ともさん
・良おじさん
・なほみさん
・Mさん(なほみさんのお友達)
・立石さん
・勝衛さん

他1名様、合計8名様(残席2名様)

※ニックネームは教えていただいた方のみ掲載します

 

参加申し込み

 以下のフォームからお問い合わせ、あるいはお申込みをください。また、本ページのコメント欄からでも、すでに稲用のメールアドレスや電話番号をご存じの方は、そちらからでも構いません。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です