最終更新日:2025年2月12日
※ページ内の分量が多くなったので、ページの分割作業を進めています。
土器と同じように列車のデザインを編年として見ると面白いんじゃないかと思い付きました。ひとまず製造年順に並べてみます。
形状や文様・装飾に注目してみてください。彩色は昔は単色のベタ塗りやベタ塗りにストライプを入れたり2色のツートンが多かったですが、ステンレス車両になってからは塗る面積は少なくなりました。
「機能が形態を決定する」という言葉があります。土器には用途によって甕、壺、高坏、器台などの器種がありますが、列車も通勤用、近郊用、特急用などがあるため、本来は以下のように全種類を並べるのではなく、用途別に編年を追った方が良いかもしれません。
でも例えば、製造年の近い115系300番台、キハ40形、201系は違う用途の車両ですので、一見するとかなりデザインが違うように見えますが、フロントガラスの面積が小さく上部に寄っていて、テールランプが円くて小さなものであるなどの共通点が伺え、それが70年代の流行であることが分かります。
土器はある地域に伝播した後、その地域の中で独自の変化を遂げることがありますが、列車もJR(国鉄)や大手私鉄の車両を地方私鉄が購入して、その後その私鉄内で独自の変化を遂げることがあります。また、地方私鉄は諸々の都合で古い車両のデザインをほとんど変えることなく新造車を造ることがあります。
例えば、関東鉄道の2300形は2000年の新造車ですが、少し古く見えるのは、1994年に新造した2100形が祖となっていて、その後、2200形を経て新造されたものの外見は踏襲しており、他地域での2000年の頃のデザインとは違っています。こういった現象を「列車の在地化」と呼びます(稲用語)。
まだまだたくさんの写真が手元にあるので、気が向いたら追々貼り付けて行こうと思っています。
※写真はすべて私が撮ったものですが、ほぼ全て遺跡めぐりの際のついでに撮っており、私は「撮り鉄」と称せるほど本格派ではないため、「亜撮り鉄」を標榜しています。ホンモノの撮り鉄の方からするとショボい写真に見えると思いますがお許しください。
※参考文献としては「Wikipedia」を使わせていただいているほか、私が保育園から小学校低学年の頃に入手した「コロタン文庫」の各冊に恩恵を受けています(子供向けの本ですが、今読んでもしっかりとした内容で専門的です)。
※日本の鉄道について語る際には、交流区間と直流区間の話は避けて通れませんが、それについて詳しく説明している「日本のデッドセクション」というサイトがあります。素晴らしいサイトですので、参考になさってください。
目次
高度成長期に生まれた車両たち <1960年代~1970年代>
バブル景気と国鉄分割民営化を背景に生まれた車両たち <1980~90年>
バブル崩壊後の世紀末に生まれた車両たち <1991~2000年>
普通車両
戦前から新性能電車誕生まで <戦前~1950年代>
鉄道省/国鉄
40系(クモハ40)
1932年から製造開始。戦前から戦後しばらくの間活躍した通勤用電車。国鉄で初めて20mの車体を採用し、この長さは現在の通勤用電車も継承している。
鉄道省/国鉄
キハ4130
1934年に製造。初期の気動車で、当初はガソリンエンジンだったが、戦後はガソリン不足から一部天然ガスで動くように改造され、その後ディーゼルエンジンに換装された。
国鉄
80系(クハ86形)
1950年から製造開始。652両が生産され、1983年に営業終了。京都鉄道博物館に展示してあるのは、フロントガラスを3枚に改造した車両。
本機の登場まで、100㎞以上離れた都市間は、機関車が客車をけん引して運行していたが、それを電車で行うために開発。15両編成という今までなかった長大編成で、東京~沼津間から運行が始まった。初めて湘南色を採用。
国鉄
キハ52形(キハ20系)
一般形気動車
キハ20系は、1957年から製造が開始された。1966年までシリーズ合計1126両が製造され、1977年から製造が始まったキハ40形の配備が進むまでの間、一般形気動車として列島各地の国鉄路線の非電化区間で主力として活躍した。
キハ20形をベースにして開発された小湊鉄道のキハ200形は現在も現役バリバリで活躍中。
養老鉄道
600系(モ606・モ506)
1957年に登場した近鉄6800系の「モ6857・モ6858」を1992年に近鉄養老線(現・養老鉄道)用に改造した車両。
国鉄
101系(クモハ101)
通勤形直流電車
1957年、モハ90系の名で中央線急行(今の快速)に登場し、翌年には量産型が運用を開始し、その翌年の59年には、101系に改称された。
今に続くJRの通勤電車のルーツ的存在で「新性能電車」と呼ばれる。通勤ラッシュに対応するために車体の軽量化を図り、加速・減速を素早くし、また乗降がスムーズになるように扉を両開きとし、4か所配置するなど新機軸を盛り込んだ。
それまで焦げ茶色だった電車が鮮やかなオレンジ色(オレンジバーミリオン)になったのも当時としては画期的で人気を博したという。
これを皮切りに国鉄では路線別に塗色を変えるようになり、東京の人間にはオレンジバーミリオンは中央線快速の色としてすっかり定着した。
土器の場合は、これほどの彩色の変化があった場合は、別民族の侵入を想定するくらい大きな出来事で、列車を鮮やかな色にしようと考えた当時の国鉄関係者の発想は日本史に残る画期的な発想である。
高度成長期に生まれた車両たち <1960年代~1970年代>
小湊鉄道
キハ200形
国鉄キハ20形をベースに開発され、1961年から製造を開始し、14両が量産された。小湊鉄道では、JRからキハ40形も譲渡されているが、キハ200形は製造開始から60年以上経った今でも主力機として稼働している。
このツートンカラーは本当に気持ちが落ち着く。
南海
7100系
1963年に7000系が登場し、73年にそのマイナーチェンジ版として7100系が登場。
加太さかな線の「めでたいでんしゃ」としても活躍し、観光客の大幅な増加に大きく貢献している。
国鉄/JR西日本
103系3500番台
通勤形直流電車
1964年、101系の後継として103系が登場。私が子供の頃、山手線や京浜東北線といえば103系だった。合計3500両近く生産されて多くの通勤通学の人びとを運んだ。若き日のラッシュアワーを思い出して吐き気を催す人もいるかもしれない。
東京では103系の後継の201系ですらもう見られなくなったのに、姫路の播但線で3500番台に対面できた。
1997年から改造が施された車両で、ワンマン運転に対応したりして、顔も少し変わっているが、あの103系がまだ生きていることに感動し、わざわざこれで京口駅まで1駅乗って姫路城へ向かった。
国鉄
455系
急行形交直流電車
1965年製造開始。
国鉄にかつてあった急行列車に使用された。現在、JRでは定期急行列車は走っていない。
外見のデザインは115系などの近郊形電車に受け継がれたが、私が小学生の頃には、こちらの方がお目目が大きくて好きだけど、直感的に古めかしいデザインだと思っていた。
塗色は「交直流色」といい、細部の塗り別は違うが、急行・近郊電車共に交直流電車はみなこのカラーリングだった(写真ではちょっと色味が分からないかもしれない)。
私が子供の頃は、常磐線の近郊形がこの配色だったことを覚えている。
近鉄
2400系
1966年に2400系の製造が開始され、その系列の2430系が1971年から造られた。近鉄のHPによると、2400・2410・2430系は平成16年に全車廃止となったというが、写真の2441は、2430系の車両じゃないのかなと思うが分からない。
国鉄/JR
111系・113系
近郊形直流電車
国鉄では1962年に近郊形直流電車の111系の運用を開始した。
当初の顔はヘッドライトが大きく、上述の455系みたいな顔をしているが、1969年に投入された113系1000番台からは小さくなった。ヘッドライトが小さくなったのも編年的な流れとして他の車両ともども注視して欲しい。
2021年12月に草津駅で「クハ111 -5713」を見たが、111系と113系は同一グループとしてくくられるようだ。なお、草津線の111系・113系は2023年4月1日をもって運行を終了している。
ちなみに、この緑色は京都地域色で、抹茶色と呼ばれている。抹茶・・・うーん。でも私は好きだ。
国鉄/JR/しなの鉄道
115系300番台/1000番台
近郊形直流電車
既述した通り、国鉄では1962年に近郊形直流電車の111系の運用を開始した。
神奈川方面から東京へ向かう列車はそれで良かったが、群馬・栃木や埼玉から上野へ向かう場合には、111系では連続勾配や冬場の気温低下に対応できず、1963年、111系の基本構造を基に115系を製造。
1973年には、冷房装置を備えた300番台が登場した。111系もそうだが、当初の115系の顔はヘッドライトが大きく、上述の455系みたいな顔をしている。それが300番台からは小さくなった。
115系は旧国鉄の近郊形電車として2000両近く生産されて列島各地で大活躍。
写真の「横須賀色(スカ色)」の115系300番台は中央線だが、気が付いたら数年前に退役していた。2024年の時点では、後述する3000番台が山陽地方でもうひと踏ん張りと言わんばかりに仕事をしている。
高尾駅では、スカ色以外にも長野支社色もよく見た。
少し前までは群馬・栃木方面でも湘南色の115系を見たが、今はもう走っていないようだ。
しなの鉄道では1000番台が走っているが、2028年に退役する予定。
国鉄/JR
115系3000番台
近郊形直流電車
1980年代前半、国鉄は山陽本線広島地区にて6両編成から4両編成に減らす代わりに本数を多くすることにし、それに対応すべく、1982年から製造。
一見するとこれまでの115系と外観が変わらないように見えるが、外観についていえば、正面は115系を踏襲しているが、車体側面や車内は117系に近い。そのため、扉は3つではなく2つになっている。そして、転換クロスシートが設置されている。
なお、転換クロスシートは東京の人には馴染みが無いと思う。クロスシートは、いわゆる「ボックスシート」のことだが、転換クロスシートは、乗客の意思で背もたれを動かして、座る向きを自由に変えることができるようになっている。
終点に着いて折り返すときは、当然電車の向きが変わるが、始発となった電車に最初に乗ってきた客が、自分が座りたい席とその周辺の席の背もたれをバタンバタンと逆向きにするのが、転換クロスシート車両が走っている地域でのルールである。それをやらないと顰蹙を買うので注意。
京王電鉄
6000系
1972年に製造および運用を開始。
2011年3月に引退した。引退セレモニーの直前、東日本大震災が発生し、イヴェントは中止された。
引退直前、6000系をイメージしたオリジナル曲を作り、ヴィデオを撮影してきて作品に仕上げた。
国鉄/JR
キハ40形(キハ40系)
気動車
1977年量産初号製造。
115系と同様、登場してからかなりの年月が経つが、こちらはまだまだ日本各地で活躍中。ノスタルジックな車両なので乗ると(見ると)ワクワクする。
キハ40形・キハ47形・キハ48形を便宜上キハ40系と呼ぶが旧国鉄の正式な呼称ではない。
キハ40形は両運転台(車両の両方に運転席がある)なので、1両編成で運用することが前提。
もちろん2両繋ぐのもOKだが、1両で走っている姿が特に可愛い。














国鉄/JR
キハ47形(キハ40系)
気動車
キハ40形を都市近郊向けに改造。2両編成以上で運用することを前提に、運転台は片方のみとし、乗客の乗降の利便性を考慮して扉を両開きにして若干車両の中央寄り設置。キハ40形と似ているが、細かく見ると意外と違う。
JR
キハ41形(キハ40系)
気動車
1998年に播但線が電化されたが、寺前~和田山間は非電化のままだったのでのキハ47形1000番台を両運転台化して投入した車両。両側の顔がかなり異なる。
近鉄
2000系(2013系)
つどい
1979年製造開始。急行として運用するため、ク2107には昭和62年にトイレが設置された。
「つどい」は有料の観光列車で、最近は足湯列車も運行している。
国鉄/JR
117系
近郊形直流電車
新快速の近代化のために1979年から製造を開始し、1980年に運用開始。216両が製造された。
新快速で活躍した車両で、JR西日本やJR東海で運用されていたため関東人には馴染みがないと思う(京都鉄道博物館に展示がある)。
草津線のように抹茶色に塗られていると新快速とはイメージがだいぶ違うが、それも2023年4月1日の運行をもって引退した。
現役の車両は、JR西日本の臨時特別急行列車である「WEST EXPRESS 銀河」に運用されている車両のみ。
国鉄/JR
201系
通勤形直流電車
1979年に試作車完成、1981年から量産開始。
通勤形電車(直流)
103系の後継車両。これが走り始めた頃、私は小学生だったが、未来的なカッコいい電車だと思ったものだ。
技術的に省エネを目指して造られた車両だが、あまり成功作との評価は聴かない。
早くも1985年には後継の205系への移行を開始して都心からは消え去ると思われたが、中央線快速では長きにわたって使用されて、中央線沿線に長く住む私にとっては最も馴染みがある車両の一つ。でも、その割にはほとんど写真を撮っていなかった。
関西ではウグイス色の201系を結構見かけるのだが、どうやら2024年中にはすべて運用を終了するようなので、乗りたい人はなるべく早く大阪へ行こう。
バブル崩壊後の世紀末に生まれた車両たち
JR東日本
205系500番台
1991年製造開始
1991年3月16日の相模線全線電化開業に伴い新規投入された車両。相模線専用として新造。
2022年2月26日に運用を終えた。すべて廃車となり、現存する車両がないのは寂しい。
京王電鉄
8000系
1992年(製造/運用開始)
JR東日本701系/
IGR7000系/
青い森701系
通勤形交流電車
1993年(製造/運用開始)
現在の東北地方の代表的電車。
国鉄東北本線が元になって設立されたいわて銀河鉄道と青い森鉄道も701系を使っている。




.jpg)








JR東日本
209系
1993年
3100番台は2005年から八高線・川越線で営業開始
JR東海
313系
近郊形直流電車
1999年に製造および運用を開始したJR東海を代表する電車。
近鉄
9020系/9820系
9020系は、2000年に登場した「シリーズ21」の車両で、翌2001年には9820系が登場。
JR東日本
E231系0番台
一般形直流電車
E231系0番台は2000年から運用を開始。従来あった通勤形と近郊形の基本仕様を統一した。
JR東日本
E231系1000番台
一般形直流電車
1000番台は近郊形。
特急車両
国鉄
181系
1958年11月に特急「こだま」として国鉄初の特急形電車である151系が運用を開始。1964年に東海道新幹線が開業すると、151系は東海道線での高速旅客の座を新幹線に譲り渡し、その翌年の1965年には、出力アップした181系が誕生。車両デザインは、「ボンネット型」と呼ばれた。
国鉄
583系
特急形寝台交直流電車
1967年10月、581系が世界初の特急形寝台電車「月光」として新大阪~博多間で営業を開始。581系は60Hz用だったが、50Hzと60Hz両用の583系が翌年デビュー。
583系は、上野~青森間で運用された。東北線回りでは、昼行の「はつかり」と夜行の「はくつる」が、735.8㎞を約8時間50分かけて駆け抜けた。常磐線回りは、さらに距離が長く、750.3㎞を9時間少しかけて、昼行「みちのく」と夜行「ゆうづる」が走った。
正面デザインは、上述の「ボンネット型」に対して、「貫通型」と呼ばれる。良く見ると正面が開くようになっているのが分かると思う。これとよく似たデザインに「非貫通型」がある。国鉄時代の電車特急にはこの3種類があった。
国鉄/JR
485系
1969年に「ボンネット型」として登場。特急「雷鳥」は、大阪~新潟間(327.1㎞)を約4時間で結んだ。ヴァージョンアップの際に正面デザインが「非貫通型」と呼ばれるデザインに切り替わった。その子孫である481形は「RED EXPRESS」として最近まで九州で活躍していた。
国鉄/JR
183系
181系を2扉化して1972年に登場。上野~新潟間の特急「とき」(1000番台)や、房総方面の特急「わかしお」、「さざなみ」、「しおさい」、「あやめ」としても活躍。それ以外にも広範囲に運用されたが、2015年に形式消滅した。
写真は大宮の鉄道博物館で「ランチトレイン」として使用されている183系。この写真を撮っときはヘッドマークに「踊り子」と「湘南新宿ライナー」が掲出されていたが、たまに変わるようだ。
東武鉄道
300型
1991年(製造開始)
元々「りょうもう」は、1800系が使用されていたが、200型が投入されたことにより、余剰となった1800系を改造し、6両編成を300型、4両編成を350型として生まれ変わった。300型は2017年に運用を終えた。
超特急車両(新幹線)
・1964年(昭和39年)10月1日 東海道新幹線(東京~新大阪間)開業
・1972年(昭和47年)3月15日 山陽新幹線(新大阪~岡山間)開業
・1975年(昭和50年)3月10日 山陽新幹線(岡山~博多間)開業 東海道・山陽新幹線の全線開業
・1982年(昭和57年)6月23日 東北新幹線(大宮~盛岡間)開業
・同年11月15日 上越新幹線(大宮~新潟間)開業
・1985年(昭和60年)3月14日 東北・上越新幹線(上野~大宮間)開業
・1987年(昭和62年)4月1日 JR発足
・1991年(平成3年)6月20日 東北・上越新幹線(東京~上野間)開業 上越新幹線の全線開業
・1992年(平成4年)7月1日 山形新幹線(ミニ新幹線)(<東京>福島~山形間)開業
・1997年(平成9年)3月22日 秋田新幹線(ミニ新幹線)(<東京>盛岡~秋田間)開業 秋田新幹線の全線開業
・同年10月1日 北陸新幹線(<東京>高崎~長野間)開業
・1999年(平成11年)12月4日 山形新幹線(ミニ新幹線)(山形~新庄間)開業 山形新幹線の全線開業
・2002年(平成14年)12月1日 東北新幹線(盛岡~八戸間)開業
・2004年(平成16年)3月12日 九州新幹線(八代~鹿児島中央間)開業
・2010年(平成22年)12月4日 東北新幹線(八戸~新青森間)開業 東北新幹線の全線開業
・2011年(平成23年)3月12日 九州新幹線(<新大阪>博多~八代間)開業 九州新幹線・鹿児島ルートの全線開業
・2015年(平成27年)3月14日 北陸新幹線(長野~金沢間)開業
・2016年(平成28年)3月26日 北海道新幹線(<東京>新青森~新函館北斗間)開業 将来は札幌駅まで延伸予定
・2022年(令和4年)9月23日 西九州新幹線(武雄温泉~長崎間)開業
・2024年(令和6年)3月16日 北陸新幹線(金沢~敦賀間)開業 将来は新大阪駅まで延伸予定
JR東日本
400系
1992年営業開始。
山形新幹線。2010年4月18日に、さよなら運転が行われ、営業運転を終了。
JR
500系
1996年に登場。現在は、山陽新幹線の「こだま」として活躍。個人的には歴代新幹線の中でも特にカッコいいと思う。
JR東日本
E4系
1997年に完成し、営業運転を開始。200系の後継機。全車2階建車両で、E1系と同じく「Max」と呼ばれた。2021年10月に営業運転を終了した。
JR東日本
E3系2000番台
2007年に登場した山形新幹線の現役車両。400系を置き換えるべく登場し、本機登場の3年後には400系は営業を終了した。
JR東日本
E5系
JR北海道
H5系
2009年
JR
N700A系
2012年(運用開始)
東海道・山陽新幹線の主力車両。「のぞみ」はこればっかりなのであんまり面白くない。
機関車