長野県(北信・東信)の遺跡・関連施設一覧

最終更新日:2025年7月27日

目次

注意事項

 ※県内を下図の通り4つのブロックに分け、本ページでは北信と東信地方をご紹介します。
 ※自治体ごとに示し、自治体の並び順は五十音順です。
 ※一覧の見方に関しては、こちらをご覧ください。

 

 

 

飯山市


飯山市ふるさと館

飯山市飯山1434-1
0269-67-2030
9:00~17:00
月曜休館

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上田市


鳥羽山洞窟

上田市腰越鳥羽山

🅿なし
🚻なし

洞窟の間口は約25m、奥行は約15m。3次にわたる発掘調査によって、繩文・弥生・古墳時代、近世の複合遺跡であることが分かったが、古墳時代前期から中期にかけての敷石遺構とそれに伴う遺物群が注目され、そこでは、遺体を埋葬せずに安置しておく曝葬(ばくそう)が行われていた。

遺跡に行く道はなく、川の対岸から眺めるのみ。説明板も無い。

出土遺物は古墳から出土するものと同等で貴重な物も多く、長野県宝に指定され、上田市立丸子郷土資料館に展示している。

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上田市立丸子郷土資料館の鳥羽山洞窟コーナー

 

上田市立丸子郷土資料館にて撮影

 

 

35
秋和大蔵京古墳

上田市秋和

🅿なし
🚻なし

豊秋霧原埜神社の拝殿に向かって左側にある。

中期初頭に築造された一辺約35mの方墳。周溝なし。過去に墳丘南斜面から4点の土師器片が表面採集され、そのうちの2点は有段口縁壺と見られる。主体部不明。

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豊秋霧原埜神社の石段から南側の眺望

 

 

 

50.8
王子塚古墳

上田市新町9(氷上王子神社)

氷上王子神社の境内に所在。墳丘長50.8mの東信で唯一の帆立貝式古墳。5世紀後半の築造か。未発掘で詳細不明。

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遠景

 

拝殿右側が後円部(前方部は社殿の裏側)

 

墳丘からの眺め

 

後円部側から見る

 

前方部側から見る

 

 

 

48
二子塚古墳

上田市上田

6世紀に築造された小県・佐久地方での唯一の前方後円墳。墳丘は改変を受け、前方部と後円部はそれぞれ神社となっているが、古墳らしい雰囲気は十分に残っている。

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二子塚古墳陪塚

5基あったと言われる陪塚のうち現存するのはこれのみ。ただし、位置的には陪塚にふさわしい場所だが、本当に陪塚であることが確認されているのかは分からない。

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14.8m
皇子塚古墳

おうじづかこふん

上田市手塚

🅿なし
🚻なし

後期円墳。昭和49年に発掘調査が行われ、勾玉や管玉、金環、鉄、鉄鏃、馬具、須恵器、土師器などが見つかった。

仲麻呂の乱に巻き込まれ殺害された塩焼王(天武天皇の孫)かあるいはその子が葬られたとの伝承がある。

石室は開口しているが、探訪時はプール状態になっており入れなかった。

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岩谷堂岩窟古墳

上田市御嶽堂92

龍洞山宝蔵寺(通称「岩谷堂」)上部の岩壁にある洞窟。昭和5年4月、人骨のほか鉄剣や鉄鏃・銅鏡、石製紡錐車などが出土。それらは古墳から出土するものと同様であるため、岩窟古墳と呼ばれてきた。実際には遺体を埋めないで置いておく曝葬がおこなわれた場所と考えられる。時期は6~7世紀。

現状では洞窟に行くのは困難で、立ち入らない方が望ましい。

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20×18m
広山寺古墳

🅿なし
🚻なし

横穴式石室は、安全のため塞がれている。隙間からカメラを突っ込んで撮影したが、土砂で埋もれていた。

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20
塚穴原1号墳

上田市下之郷812(いにしえの丘公園)

🅿なし
🚻あり

いにしえの丘公園には、塚穴原1号・2号墳と他田塚古墳の3基の古墳がある。

1号墳は横穴式石室が開口しているが、フェンスに囲まれており入れない。

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15
塚穴原2号墳

上田市下之郷812(いにしえの丘公園)

外からは石室の場所は分からない。

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15
他田塚古墳

おさだづかこふん

上田市下之郷812(いにしえの丘公園)

横穴式石室は開口しているが、フェンスに囲まれており入れない。

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カメラのズームで撮影

 

 

 

24.5×18.5m
神宮寺古墳

上田市下室賀

🅿なし
🚻なし

7世紀に築造された円墳。東西24.5m、南北18.5mで造出造円墳のような形状だという。石室は単室で全長7.7m。左側壁最奥(中からみて左側)の石に人工的な丸い窪みがあり、その外側と中を黒色の顔料を使って縁取りを描いている。こんな装飾は見たことが無く、古墳時代のものであったら大変貴重だ。

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左側壁はかなり孕んでおり大きな地震が来たら危ない

 

天井石

 

問題の窪み

 

 

 

 

6.6×4.1
塚穴古墳

上田市殿城

🅿なし
🚻なし

終末期に築造された小円墳。単室の横穴式石室が残る。墳丘はかなり削られているが、石室も小さい。赤坂将軍塚古墳よりもさらに登った場所にあり、特に眺望の優れた場所に築造されている。

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奥壁

 

 

古墳近くからの眺望

 

 

 

13.2×8.1
藤沢1号墳

上田市真田町本原

🅿なし
🚻なし

小円墳が2基並ぶ。かつては両墳の間に上田丸子電鉄北東線が通っていた。説明板によると、1号墳の墳丘西側は線路建設のため削られたとあるが、現状は復元されている。説明板に記載されているサイズは復元前の時点での現況。

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復元前はこのラインに軌道の跡があった

 

石室は完全に塞がれている

 

 

 

9.6×7.6
藤沢2号墳

上田市真田町本原

石室の開口部は見えない。サイズは現況。

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まるで亀が頭を出しているような大きな石が存在している

 

軌道の跡(右が2号墳)

 

 

 

18×17
赤坂将軍塚古墳

上田市赤坂

🅿なし
🚻なし

径18mほどの円墳。横穴式石室が開口しており、羨道入口の天井は低いため入出するときはしゃがむ必要があるが、両袖式の玄室の天井は高くて心地よい空間。羨道上部に明り取りの小窓のようなものが開いており、当初からもしこの構造だったら非常に珍しいが、後世に石が抜き取られたのかもしれず良く分からない。

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信濃国分寺跡

遺跡がしなの鉄道の線路に分断されているため、全体を歩くのにはちょっと不便だが、各所に詳しい説明板が設置してあり親切。

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信濃国分尼寺跡

全国的に僧寺と尼寺は近い場所に造られたが、信濃は近すぎ。僧寺と同様、鉄路に分断されているが、親切な説明板が理解を助けてくれる。タイミングが良ければ、遺跡と鉄道が一緒に撮れる。

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信濃国分寺瓦窯跡(観察施設)

2022年4月に訪れた時は公開していなかった。

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豊秋霧原埜神社

上田市秋和1400

🅿なし
🚻なし

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氷上王子神社

上田市新町9

🚻なし

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龍洞山宝蔵寺

上田市御嶽堂92

通称「岩谷堂」。

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広山寺

曹洞宗。永禄8年(1565)に真田幸隆が開基。

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上田城跡

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眞田神社

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御北之塚

広山寺境内にある。真田幸隆嫡男・信綱の夫人・お北の墓と伝わる。信綱は真田家を継いだが、長篠の戦いで戦死。

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こ婦じ塚にある説明

 

 


こ婦じ塚

こふじづか

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青年眞田幸村(信繁)公之像

眞田神社社殿脇にある。

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真田幸村公像

上田駅前にある。

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上田市立信濃国分寺資料館

上田市国分1125
0268-27-8706
9:00~17:00(16:30)
水・祝休館

展示のメインは信濃国分寺跡関連であるが、縄文時代や古墳時代の遺物も展示している。基本的には館内は撮影禁止だが、全体的な写真は撮っても大丈夫なので係りの方に確認しよう。原則、水曜日が休館なので注意。

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20250404A

 

 

 


上田市立丸子郷土資料館

上田市東内2564-1
0268-42-2158
9:00~17:00(16:30)
月・祝の翌日休館

国史跡・鳥羽山洞窟の出土遺物が目玉。それ以外には、和田峠付近や男女倉遺跡出土の旧石器時代の遺物、深町遺跡出土の縄文時代や弥生時代の遺物、それに古墳時代の玉造遺跡である社軍神(しゃぐんじ)遺跡の遺物などを展示している。

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上田市立博物館

古代史関連の展示はない。

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上田市立博物館別館

真田氏関連に注力した展示内容。古代史関連の展示はないが、岩石や化石の展示はある。

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【蕎麦】そば処 真田

上田市真田町本原3017-1
0268-72-3113

美味しい蕎麦がリーズナブルな価格でお腹いっぱい食べられる。とくに真田ファンにお勧め。

 
六文銭!

 

【ラーメン】麺将 武士(もののふ)

上田駅お城口を出てすぐの場所にある。美味かったので2日連続で行ってしまった。

メニューは幸村とか左近とか信玄とか謙信とかネーミングがされており戦国感満載。ラーメン屋にしては生中が高いが、ラーメンが美味いので妥協。

さあ、合戦に参加しよう
味噌ラーメンは信州白味噌使用で独特な味わい
つけ麺は濃厚豚骨

 

【居酒屋】酒場ここから

上田駅お城口から徒歩1~2分。名物の焼き鳥を含め頼んだ料理は全部美味しかった。

喫煙可能なのが残念だが、東京と違って地方では喫煙可能店は多いので煙かったら運が悪かったと諦めるしかない。

 
 
 
 

 

【ホテル】上田駅前ロイヤルホテル

なんと元々はルートインの1号店!1985年に「上田ロイヤルホテル」として開業。私はルートインのヘヴィーユーザーだが泊まるまで知らなかった。

見た目は古めかしくて小さなホテルだが、中はルートインの最新型とまったく同じで快適。ただし、大浴場はなく、朝食は徒歩2分の場所にあるルートインに食べに行く必要がある(朝食料金1000円)。駐車場代は500円。特段コスパが良いわけではないが、選択肢に入れて良いと思う。

 
 

 

【ホテル】Tabist 上田ステーションホテル

上田駅お城口出てすぐの場所にある。ユニットバスがめちゃ狭く、お湯を貯めてはいけないので、それを不満に思う人もいるかもしれないが、部屋自体は十分な広さで、照明が明るく、机も広い。ベッドも快適なので、近隣の他のホテルと比べて宿泊料が安い時はお勧めする。駐車場は利用していないから分からない。

1階にはローソンがある
十分な広さで快適な室内

 

 

軽井沢町(かるいざわまち)


茂沢南石堂遺跡

🅿道路脇に1台分のスペースあり
🚻なし

軽井沢町茂沢

縄文中期~後期の集落遺跡で、日本最南端のストーンサークルと言われることがある。珍しい箱形石棺墓(石組み棺)が見つかっている。箱形石棺墓の中からは加曾利B式土器が出土しており、そのことからストーンサークルは後期の所産と考えられる。

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入山峠祭祀遺跡

🅿なし
🚻なし

軽井沢町長倉

信濃と上野の境に位置する入山峠の標高1034m地点。遺構は検出されていないが、古墳時代の祭祀具が出土。土師器片(碗、高坏、壺、S字状口縁台付甕)が約2000点、玉類(管玉22点、勾玉5点、水晶棗玉1点、 ガラス小玉2点)、石製模造品(勾玉形品5点・臼玉 273 点・双孔円板25点<うち破片5>・単孔円板15点・ 無孔円板2点・剣型品約170点・刀子形模造品1点、未製品約85点)、鉄製品(刀子1点・鍬先状小破片1点)、その他に黒曜石製の石鏃1点が出土。

古代の祭祀遺跡の中でも、本遺跡は峠祭祀の遺跡であることがポイント。古墳時代の峠祭祀の痕跡が見つかった遺跡は、この入山峠以外には、神坂峠と雨境峠だけで、非常に珍しい遺跡。ただ、古来、峠には恐ろしい神がいて通行を妨害すると考えられていたと言われているので、そうであれば、峠祭祀の遺跡はもっと見つかってもよさそうだ。

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軽井沢町歴史民俗資料館

🅿あり
🚻あり

軽井沢町長倉2112-101
0267-42-6334
9:00~17:00(16:30)

軽井沢町の歴史と民俗を紹介した施設で、考古コーナーもあり、茂沢南石堂遺跡から出土した土器や、入山峠祭祀遺跡から出土した祭祀用の石製模造品などを展示している。

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考古コーナー

 

 

 

川上村(かわかみむら)


大深山遺跡

川上村大深山字西原

🅿あり
🚻あり

縄文時代中期の集落跡で、標高1300mの台地上にあり全国的に見てもかなりの高所にある縄文集落跡と言える。昭和28年に最初の発掘調査が行われ、ついで昭和34年から37年にかけて八幡一郎や大深山遺跡保存会によって発掘調査が行われ、51か所の住居跡が検出された。遺跡外にも土器の散布が見られ、200か所ほどの住居跡の存在が推定されている。現在でも素敵な森の中に、北海道の遺跡でよく見られるような竪穴住居跡の窪みがポコポコあり、こういう場所は本州では貴重。竪穴住居も復元されている。なお、中期と言っても曾利式土器が多いことから中期後半が主体と思われる。出土遺物は、川上村文化センターに大々的に展示している。

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川上村文化センター

川上村大深山348-9
0267-97-2000
9:00~17:00
月曜休館

村内の遺跡から出土した考古遺物を展示。大深山遺跡出土の遺物の展示がメインで、壁面やひな壇上、そして、「三十三番土偶札所巡り」の24番「仮面装飾香炉形土器」と25番「大深山遺跡出土顔面把手」は、特別ケースに展示している。それらは基本的に曾利式で、ひな壇は高い方から曾利Ⅰ、Ⅱ、Ⅲとなっており地層とは逆。

石器の展示が充実しているが、ケースが二重で、しかも少し遠い場所に展示してあったりして、ディテールを詳しく観察できないのが残念。

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木島平村(きじまだいらむら)


根塚遺跡(根塚弥生墳丘墓)

木島平村往郷9230

縄文から中世に至る複合遺跡で、とくに弥生時代の遺構・遺物が注目される。

根塚は独立丘で、当初は丸々削平されて水田になる予定であったが、地元民たちの反対によって丘の削平は免れた。

ただ、西側には道路を構築する必要があるということで、発掘調査をしたところ、2振の長大な鉄剣が出土。時代は弥生時代後期で、分析の結果、伽耶で製作された鉄剣であることが分かったが、そのうちの2号鉄剣は特殊な形状をしており、X線撮影の結果、柄の部分に渦巻模様があることが分かり、調査を指導した大塚初重さんや西谷正さんによって「渦巻文装飾付鉄剣」と命名された。現在のところ、類例はない。

それら鉄剣が見つかった箇所から東に30mほどの地点には、円形墳丘墓があり、その中心には円形周溝墓が構築されていた。特殊な遺構である。

なお、本遺跡からは、弥生時代後期の箱清水式土器が大量に出土している。

現在は、遺跡公園として整備され、遺構は地下に保存されているため目で見られる遺構はないが、浅くて狭い溝がめぐっているのは確認できる。

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南側の高社山方面

 

東側の大塚(小塚は隠れて見えない)

 

北側には弥生墳丘墓のある平塚が見える

 

 

 

渦巻文装飾付鉄剣(木島平村ふるさと資料館にて撮影)

 


木島平村ふるさと資料館

長野県木島平村上木島1762
0269-82-2041
月曜休館
9:00~17:00

木島平村の歴史について紹介している資料館で、平塚から出土した遺物や江戸期の和算関係などの展示がある。

根塚遺跡出土の「渦巻文装飾付鉄剣」などの遺物が展示してある「特別収蔵庫」は、基本的には平日のみのオープンで、土日祝に見学したいときは事前の申し込みが必要。木島平村ふるさと資料館を訪れて、特別収蔵庫を見学しないという選択肢はあり得ない。

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特別収蔵庫

 

 

北相木村(きたあいきむら)


栃原岩陰遺跡

北相木村東栃原・上ノ段

🅿なし
🚻なし

全国的に著名な縄文時代草創期から早期の岩陰遺跡。炉跡が100基以上見つかっている。木を燃やして生成された白灰が大量にあり、それに含まれる炭酸カルシウムのお陰で遺物の遺存度が良く、多くの獣骨片などの遺物を検出。落盤事故によって亡くなった子供二人の人骨のほかに10体の埋葬人骨も確認されている。日本列島全体で見ても早期の人骨は少ないため非常に貴重。1号人骨と4号人骨が復顔されている。意外と海産の貝殻が多く見つかった。これらの資料は北相木村考古博物館に展示。なお、岩陰の下は崩落の危険があるため現在は立ち入り禁止。

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木次原遺跡

北相木村下新井

🅿なし
🚻なし

縄文時代前期の集落跡。発掘調査がされたのは遺跡の推定範囲の中のわずかな部分で、竪穴住居跡2基と土坑1基が詳細に調査された。1号住居跡は8~9世紀の所産。2号住居跡からは縄文前期初頭の在地の羽状縄文系土器に混ざり、南信あるいは東海系の繊維を含まない土器が1点出土。また、チャートで造られた石器が微細な剥片を含めると850点以上出土しており、石器工房跡と見られる。西に約10㎞離れた栃原岩陰遺跡では、黒曜石を積極的に使用しているのに対し、こちらはすぐ近くで取れるチャートを使っているところが面白い。

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現在は長者の森での遺物展示はないので注意

 


長者の森 森林交流センター

北相木村5616-6

🅿あり
🚻あり

木次原遺跡から出土した遺物や1号住居跡の断面剥ぎ取りを展示していたが、2024年で終了した。

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北相木村考古博物館

北相木村2744(村役場敷地内)
0267-77-2111
9:00~16:30(16:00)
月曜休館

栃原岩陰遺跡の解説を中心として村内の遺跡から出土した遺物を展示。とくに縄文土器は、接合にこだわらず破片であっても優れたものを展示しており、ある意味玄人向け。

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栃原岩陰遺跡の発掘時の状況を再現

 

 

【ランチ】PachaMaMa

南相木村4392-1
0267-78-1018

北相木村内ではないが掲載する。

外観がお店っぽくないので見つけづらいかもしれないが、地図を頼りにたどり着こう。

いわなの唐揚げ(丸ごと全て食べられる)やローストした鹿肉、そば粉のガレットなど、普段食べられない美味しいものが食べられる。見たことがない野菜も食べられるアットホームなお店だ。

 
 
 
 

 

 

小諸市(こもろし)


寺ノ浦石器時代住居跡

🅿なし
🚻なし

東御市の戌立石器時代住居跡の東側約500mの位置にある。

縄文時代後期の敷石住居跡が見つかったが、現在はとくに目で見られる物はない。

軽自動車であれば大丈夫だが、それ以上の大きさの車の場合は戻るときに切り返しが困難だと思われる。バックが得意でもお勧めしない。時間に余裕があれば、戌立石器時代住居跡から歩いてくるのが良いだろう。

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市村藤塚古墳

🅿なし
🚻なし
説明板なし

『千曲川古墳散歩』によると、浅間山噴火でできた流山の上に径10mの円墳が乗るということだが、地元の方々の墓地となっており良く分からない。

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流山麓からの眺望

 

 


耳取大塚古墳

🅿なし
🚻なし

7世紀前半に築造された円墳。周囲に古墳は無く、群集していない。

単室構造の横穴式石室を持ち、平面形はいわゆる羽子板形で、両袖式の玄室の全長は4.3m。使っている石材は多孔質集塊岩という浅間山の火山岩で、それを切石として積んでいる。石の表面は風化のせいかだいぶ荒くなっている。

玄室内には細長い石が倒れて半ば埋もれているが、玄室内から向かって左側の袖の部分の石のように見える。

昭和9年に八幡一郎が実測し、昭和59年に筑波大が測量。副葬品については不詳。

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墳頂から見る浅間山

 

墳頂から見る東側の山々

 

 

 


小諸城跡

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復元された大手門

 

天守台は懐古神社の境内にある

 

 

 


懐古神社

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栄村(さかえむら)


ひんご遺跡SB1号住居跡(移築)

こらっせの隣に移築されており、こらっせの2階から見下ろすことができる。

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こらっせにて撮影

 


栄村歴史文化館 こらっせ

長野県栄村堺9214-1
0269-87-2100
月曜休館
9:00~16:30

特に村内ひんご遺跡から出土した遺物をはじめとして縄文土器の展示が素晴らしく、係りの方が丁寧に解説してくれる。

地図で確認すると分かるが、栄村は新潟県との県境で千曲川(新潟県内では信濃川と呼ばれる)流域にある。今は山間の辺鄙な場所に見えるが、往古から文化の通り道だった。そのため、この地には新潟方面から縄文中期中葉の火焔型土器の文化が入ってきており、実際に火焔型土器の展示もあるほか、それに続く中期後葉の栃倉式土器も展示している。

隣町である新潟県津南町の「なじょもん」はツアー会社でも訪れるため多少有名な施設だと思うが、もう15分車を走らせれば来れるので、十日町や津南を訪れた際は、こちらにも足を伸ばそう。

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佐久市(さくし)


香坂山遺跡

🚻なし

2025年6月20日に国の文化審議会から国史跡指定の答申を受け、近々国史跡に指定される見
込み。

3万6800年前の大型石刃・小石刃・尖頭形剥片を基本組成とする石刃石器群が出土。日本最古の石刃製作跡であることが判明した。出土した石器は長野県立歴史館に展示している。

 遺跡西側の香坂川支谷は、優れた石材(ガラス質黒色安山岩)の産地。本遺跡は石器工房跡と見られ、原石までの接合資料は得られているものの完成品は出土しないため、完成品はすべて外に出てしまったと考えられる。なお、八風山Ⅵ遺跡でも旧石器時代末から縄文時代草創期の槍先型尖頭器の製作跡が検出されている。

 香坂山遺跡の石器は、ガラス質黒色安山岩を主要石材とした大型石刃・小石刃・尖頭形剥片の3種の石器を基本組成とする。それに刃部磨製石斧や叩石・台石等の礫石器が伴う。一方、本遺跡と同じくガラス質黒色安山岩を主体的に使用している八風山Ⅱ遺跡は、基部加工尖頭形石器(石刃石器)を集中的に生産した遺跡であり、本遺跡とは石器の組成が大きく異なる。

 実は、本遺跡のこの基本組成は、日本列島で初めて確認された石器組成であり、ユーラシア大
陸のIUP(Initial Upper Palealithic =後期旧石器時代)石器群と共通あるいは類似する石器組成なのだ。従来、日本の石刃石器のルーツは不明だったが、本遺跡の発見により、ユーラシア大陸の IUP 石器群にそのルーツを求めることが可能になった。

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八風山遺跡群

はっぷうざんいせきぐん

🅿なし
🚻なし

八風山Ⅱ遺跡から出土した基部加工尖頭形石器を主体とする石刃石器群は、ATよりも前の八ヶ岳新期
第4テフラ(Yt-Pm4)降下(3万4000~5000年前)よりもさらに前で、約3万6300年前の物とされる。 

現在は軽井沢発電所になっている。

出土した石刃石器群は、佐久市考古遺物展示室に展示。

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王塚古墳(彦挟嶋王御陵墓)

🅿なし
🚻なし

比田井の諏訪神社境内にある。

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30
三河田大塚古墳

羽子板形の横穴式石室の全長は8.4mあり、うち玄室長は6m。石室内へは立入禁止。

現在は、上田市の赤坂将軍塚と同じように石室上部分の封土がなくなっており石室内を覗けるようになっている。

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羨道部分の壁面は両側で石の積み方が違い、こちらは巨石使用

 

 

 

石室上部も開口している

 

上の開口部から石室内を見る

 

墳頂からは浅間山も良く見える

 

 

 


安原大塚古墳

佐久市安原

🅿公民館
🚻なし

終末期の古墳。形状は不明だがおそらく円墳。墳丘は大きく損なわれており、石室の羨道部分はなくなっていて、現在見られる石室は玄室のみ。玄室に入るときに一段
下がる。玄室内の奥から外に向かって右側に、築造時に備えられたとみられる収納スペースのような空間があるのが大きな特徴。

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墳丘からの眺め

 

 

 


蛇塚古墳

単室構造の横穴式石室の全長は6.7m。蕨手刀と立鼓柄刀が2振並んで出土した。説明板には8世紀の築造とあるが、築造時期はもう少し早く、奈良時代になって蕨手刀などを含めて追葬がされたのではないだろうか。

羨道部分に入るには一段下がらなければならず、付近の地形と見比べても、地下式あるいは半地下式の石室と見られる。興味深い古墳だ。

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諏訪神社(大宮諏訪両宮)

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新子田神社

流山に祀られた神社だが、草地の中の孤島のようになっていて、神社へ向かう参道が存在しない。

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龍岡城跡(五稜郭)

佐久市田口3000ほか

函館の五稜郭とともに国内に2つしかない五角形の近代城郭跡。続日本100名城。スタンプは「五稜郭であいの館」にある。

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五稜郭であいの館

佐久市田口2975-1
0267-82-0230
9:30~16:00
火曜休館

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佐久市考古遺物展示館

佐久市中込2913
0267-63-5321
9:00~17:00
土日祝休館

佐久市内の遺跡から出土した旧石器時代から平安時代までの土器や石器などの遺物を展示。

八風山Ⅱ遺跡出土の石刃石器群も展示。縄文土器の優品も展示し、西近津遺跡出土の独特な土偶もある。弥生時代の遺物としては、西
一本柳遺跡出土の人面付土器の頭部を展示。北西の久保17号墳(6世紀・円墳・24m)出土の埴輪は、馬形埴輪や人物埴輪をはじめとして豊富な種類を誇っており、長野県内ではトップクラスの素晴らしい埴輪たちだ(展示室は今年の1月にリニューアルして、7月25日に見学した際は、人物埴輪の展示はなかった)。

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佐久市臼田文化センター

温かな手作り感のある資料館で考古遺物の展示も比較的多くあるが、2024年くらいに閉館予定とのこと。

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佐久市望月歴史民俗資料館

中山道の望月宿にある。公式サイト上には考古遺物についてほとんど紹介されていないが意外と多い。展示物の撮影については接写は禁止なので注意。

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【食事・お土産】道の駅 ヘルシーテラス佐久南

佐久市伴野7-1
0267-78-3383

佐久の本格的な郷土料理が食べられる。

 
 
佐久は鯉が名産でもある

 

【食事・お土産】道の駅 ほっとぱーく・浅科

佐久市甲2177-1
0267-58-0581

浅間山を眺めながら食事ができる場所。

  
辛い「噴火ラーメン」は唐揚も入っていてグッド
奇麗な景色を見ながら食べられる

 

【蕎麦】そば処 内

佐久市小田井616
080-2379-1110

道路からは蕎麦屋は見えないが、「インターゴルフガーデン」というゴルフ練習場の中にあるので、それを目標にしよう。普通の信州蕎麦よりも細く変わっていて美味しい。

  
 

 

【カレー】佐久平駅 プラザ佐久1階

佐久平駅の建物の1階にあるカレー屋さん。エスニック好きでも満足できる美味しいカレーが食べられるぞ。生ビールにもこだわっている。新幹線に乗る前に少し時間があったら寄ってみよう。

  
 

 

【居酒屋】浜焼太郎 佐久平駅前店

佐久市佐久平駅北27-6
0267-88-6728

料理はどれも美味しくて、こだわりの日本酒も置いてある。店員さんもとても感じが良くて、また行きたいお店。

  
 

 

【ホテル】佐久平プラザ21

佐久市佐久平駅東2-6
0267-65-8811

佐久平駅近くのホテル。駐車場無料で、1階にある健康ランドも無料。大きなお風呂に入れる。

  
 日光も入るし室内灯も明るくて良い
最上階の9階からの眺望

 

 

佐久穂町


北沢大石棒

🅿なし
🚻なし

日本最大の石棒で、長さ223cm(再測定では2.25㎝)、重さ330㎏。大正時代に北沢川の改修工事の際に偶然発見され立てられた。当初はどこにあったのかは分かっていない。石棒は火にかけて破砕して見つかることも多いが、これは完形だ。中部高地では炉跡に立てられた状態で見つかることがある。

大正時代以降に立っていた場所には、2024年11月以降はレプリカが立てられており、実物は生涯学習館「花の郷・茂来館」に移設された。

軽自動車であればレプリカのすぐ近くまで行けるが、それ以外の車の場合は、少し離れた通行の邪魔にならない場所に止めて歩くことになるだろう。

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現在のレプリカ

 

実物佇立時(2022年4月)

 

現在の説明板

 

往時の説明板

 


花岡遺跡(花岡烽火台)

🅿あり
🚻あり

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竪堀

 

 


生涯学習館 花の郷・茂来館

🅿あり
🚻あり

佐久穂町海瀬2570

入ってすぐ右側に北沢大石棒の実物を展示。佇立していたときには見ることができなかった両端部分が見られる。

ちなみに、2011年の國學院大學の集計によると、東日本で大型石棒が出土した遺跡は837遺跡で、3049点が出土しており、長野県内は105遺跡、401例だ。

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信濃町(しなのまち)


杉久保遺跡

すぎくぼいせき

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野尻湖底遺跡

のじりこていいせき

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野尻湖ナウマンゾウ博物館

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野尻湖のナウマンゾウの親子像

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須坂市

25.5m
八丁鎧塚1号墳

須坂市八町

積石塚。八丁鎧塚古墳群では、6基の古墳が確認されている。4世紀後半に築造された1号墳は、5世紀後半に築造された2号墳とともに径25.5mを測り、東日本の積石塚としては最大級となり、かつ1号墳は最古級となる。他に後期の6号墳が近接して築造されている。

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25.5m
八丁鎧塚2号墳

須坂市八町

2号墳は、5世紀後半の築造。1号墳とともに径25.5mを測り、東日本の積石塚としては最大級となる。

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2号墳は張出付円墳とされる

 

 

 

 

12m
八丁鎧塚6号墳

須坂市八町

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本郷塚古墳

車で横を通過したときに写真を撮ったのみ。

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須坂市立博物館

須坂市臥竜2-4-1
026-245-0407
9:00~17:00(16:30)
月曜休館

須坂市内の遺跡から出土した考古遺物を展示しており、八丁鎧塚2号墳から出土した珍しい鍍銀銅製獅噛文銙板(とぎんどうせいしかみもんかばん)も展示している。銙板とは帯金具のことで、同様のものは国内では奈良県・真弓鑵子塚古墳や岡山県・牛文茶臼山古墳などから数例出土。本場は朝鮮半島。

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【食事】そば処 松屋

須坂市須坂上中町152
026-245-0023

大きな看板を掲げていないので車を運転しながら探そうとすると見落とすかもしれない。

ざる蕎麦とミニ天丼のセットを食べたが両方とも素晴らしい。蕎麦は意外とボリュームがあって満足。天丼の味付けも完全に自分好みだった。また食べたい。

 
 

 

 

筑北村


筑北村考古資料館

筑北村坂北2177(筑北村図書館の隣)
9:00~16:00
土日祝休館

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千曲市

100
森将軍塚古墳

4世紀前半に築造された墳丘長100mを誇る長野県最大の前方後円墳。南西向き。

丘陵の尾根の狭い個所にどうしても100mの前方後円墳を造りたかったようで、無理して築造した様子が見て取れ、前方後方墳に間違われないように頑張って曲線を出した様子がうかがえる。結果的に、他に類を見ないようないびつな形の前方後円墳に仕上がった。

後円部の竪穴式石室については既述した通りだが、前方部にも石室や埴輪棺などの埋葬施設があり、配石遺構もみつかっている。墳丘の裾や周囲にもそういった埋葬施設があり、全部で100基ほどあったとの考えもある。また、周囲では円墳が13基みつかっている。

非常に眺望に優れており、何度登ってもその景色には感動する。

麓の古墳館から歩いて登ると結構な登り道を20分くらいかかるため、時間や残存体力を気にしている場合はワゴン車での送迎を利用するとよい。古墳館で受け付けており往復で500円。

なお、篠ノ井線の車窓から見えるので、北陸新幹線の「上り」からも見えるはずだが、東京から長野方面に向かう「下り」は、背後になってしまうため視認は難しいだろう。

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森将軍塚古墳4号埴輪棺

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20
森将軍塚2号墳

森将軍塚古墳の後円部側尾根伝いにある円墳で、他にも円墳がいくつもあるが、それらを見たいのであれば麓から歩いて登ってくるのがいいだろう。

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森将軍塚3号墳

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森将軍塚12号墳

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森将軍塚4号墓

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37m
有明山将軍塚古墳

千曲市屋代

前期に築造された墳丘長37mの前方後円墳。南東向き。主体部は竪穴式石室。標高は544mを測り、森将軍塚古墳からさらに10分ほど山を登ると到達できる。

森将軍塚古墳、倉科将軍塚古墳、 土口将軍塚古墳とともに4基一括で埴科古墳群として国史跡に指定されている。

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83m
千曲市倉科

5世紀前半に築造された墳丘長83mの東南東向きの前方後円墳。主体部は後円部に竪穴式石室、前方部に箱式石棺。ともに盗掘を受けていたが竪穴式石室からは三角板革綴短甲片などが出土。なお、倉科将軍塚古墳は、森将軍塚古墳、有明山将軍塚古墳、土口将軍塚古墳とともに4基一括で埴はにしな科古墳群として国史跡に指定されている。

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67.7m
土口将軍塚古墳

千曲市土口・長野市松代町岩野

5世紀前半に築造された墳丘長67.7mの二段築成の前方後円墳。東向き。昭和57~61年にかけて、長野市と当時の更埴市が発掘調査を行った。葺石は石英閃緑岩の角礫。円筒埴輪・朝顔形埴輪あり。後円部墳頂に主軸と並行して2基の竪穴式石室を構築。南石室の長さは5.2mで、北石室の長さは不明。盗掘を受けていたため、棺に関しては分からず、見つかった遺物は鉄鏃や三角板革綴短甲片、それに装飾品など。

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千曲市森将軍塚古墳館

千曲市大字屋代29-1
026-274-3400
9:00~17:00(16:30)
月曜休館
一般200円 
※長野県立歴史館の入館券とのセット販売もある
※森将軍塚古墳への送迎代は往復で500円(片道もある)

森将軍塚古墳について詳しく解説した施設。森将軍塚古墳の実物大竪穴式石室の模型が圧巻。

初葬者が葬られた竪穴式石室は、後円部のほぼ中央に15m×9.3mの墓壙を掘り、その中を2段に造成して、石をびっしりと敷き詰め、中央に全長7.7m、幅約2m、深さ21.mの石室を構築した。竪穴式石室としては国内最大級ではなかろうか.。

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森将軍塚古墳の前方部先端に立て並べられていた合子形埴輪

 

盗掘坑から見ることもできる

 

 


長野県立歴史館

千曲市大字屋代260-6
026-274-2000
3~11月:9:00~17:00(16:30)
12~2月:9:00~16:00(15:30)
月曜休館
※森将軍塚古墳館の入館券とのセット販売もある

旧石器時代から近代までの長野県の歴史を時系列で見ることができる施設。考古展示もあり、縄文土器の優品も展示してあるが、新しい時代の解説の方が多い。

全時代をしっかり見学しようとすれば2時間は必要だと思うが、旧石器時代から律令時代までをザーッと見るのであれば、30分ほどで可能。

ただし、企画展をやっていることもあるし、ミュージアムショップでの買物時間も考慮して見学時間を計算しておいた方がいい。

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諏訪市穴場遺跡出土(複製)(勝坂Ⅲ式<藤内式>)

 

長野市松原遺跡出土・台付深鉢(トロフィー形土器)(前期末葉)

 

長野市篠ノ井遺跡群出土・箱清水式土器

 

 

 

東御(とうみ)市


戌立石器時代住居跡

🅿あり
🚻なし

いんだてせっきじだいじゅうきょあと

縄文時代中期末の敷石住居跡がみつかった。復元された敷石住居跡の中に地元の保存会による説明が掲示されている。

遺物は東御市文書館に展示してあるということだが、同館は2024年4月1日より臨時休館となり、11月現在もそれが続いており、再開時期については不明。

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51~53
中曽根親王塚古墳

東御市和1104

5世紀前半に築造された一辺51~53mの方墳(東御市HP)。

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南側の千曲川を見下ろす

 

 

 

15×10
二子塚古墳

🅿なし
🚻なし

古墳に近づくには少しの崖面を登らなければならず藪が酷く、トゲトゲ系の植物も生えているので注意。横穴式石室は埋もれてしまっている。

二子塚古墳という名称からは前方後円墳を想像してしまう。周溝の削り残しのブリッジのようになっている箇所があり、もしかするとそれが前方部の名残かと思えるが良く分からない。

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15
塚穴古墳

🅿なし
🚻なし

全長6.9mの横穴式石室の玄室には、棚状の小石室があるということで興味をそそられるが、現在は崩落の危険のため石室はおろか墳丘内に立ち入ることは禁止されている。

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中野市(なかのし)


栗林遺跡

中野市栗林

長野県の弥生時代中期後半の土器型式である栗林式土器の標式遺跡。集落跡。現地には説明板があるのみ。

栗林式土器は小型の鉢や高坏、壺を赤く塗り、土器を赤く塗る文化は、後期の箱清水式土器に受け継がれた。千曲川流域を本貫地として北信と東信に分布し、県内では松本盆地の百瀬式土器や諏訪盆地の天王垣外(てんのうがいと)式土器もその仲間で、さらには千曲川下流の新潟県の信濃川流域にまでその勢力が伸び、群馬県から埼玉県北西部に展開した竜見町式土器も栗林式土器の仲間とされる。

栗林式土器や類似した土器は、さらには関東各地や福島、そして静岡などでも少量みつかっている。中部高地型櫛描文文化圏とも言われ、埼玉県の比企地方あたりでは南関東の雄・宮ノ台式勢力と対峙した。

戦国時代にも大きな戦国大名が生まれなかった長野県において、史上最も影響力が強かったのが栗林式土器勢力である。

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柳沢遺跡

中野市柳沢

柳沢遺跡では、弥生中期後半の竪穴住居跡が5軒と後期のものが1軒、墓としては、礫床木棺墓(れきしょうもっかんぼ)群が2か所と土器棺墓が1基検出された。水田跡も見つかったが、この遺跡をとくに有名にさせたのが、青銅器埋納坑が見つかったことである。なんと、銅鐸5点と銅戈8点が見つかったのだ。

その時期は、概ね中期後半。銅鐸と銅戈が一緒に埋められていた事例は、全国で2例目で、銅鐸5個という数は、一か所から出土した数としては全国で6番目に多い数である。銅戈は、北部九州と畿内のそれぞれのデザインの物がが見つかり、両者が同じ場所から見つかったケースとしては日本初となった。

礫床木棺墓は、長方形の掘り方の底に小石(礫)を敷いて床面を造り、組合式木棺の要領で四方に板を立てて木棺を構築し、土を盛って埋葬する墓と考えられている。

二十数基見つかった礫床木棺墓の中で1号墓の構造が他と異なっており注目される。長さ 1.4m×幅 0.6 mの礫床木棺を安置するところまでは通有のやり方だが、他と異なるのは、その外側を大きめの河原石でまるで古墳時代の石槨のように長さ 2.5 mの方形に取り囲んでいたのだ。

出土遺物は、中野市立博物館で見ることができる。

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河川改修工事によって往時の面影はない

 

 

 

 

 

 

51.2m
高遠山古墳

中野市新野

3世紀後半から4世紀前半の頃に築
造された墳丘長51.2mの前方後円墳。南東向き。善光寺平の前方後円墳としては最古級。

主体部は後円部で2基みつかり、第1号棺は粘土槨で、第2号棺は珍
しい木炭槨であった。

長野県宝を含む出土品は中野市立博物館に展示している。

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前方部から後円部を見る

 

後円部から前方部を見る

 

墳丘からの眺め

 

 

61m
七瀬双子塚古墳

中野市七瀬

5世紀前半に築造された墳丘長61mの南西向きの前方後円墳。善光寺平の千曲川右岸の前方後円墳としては最北端。周辺には複数の円墳あり(ただし、現在はほとんど消滅)。透かし穴のない円筒埴輪が出土し、中野市立博物館に展示している。

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前方部から後円部を見る

 

後円部から前方部を見る

 

墳丘からの眺め

 

墳丘から見えた虹

 

 

 


中野市立博物館

長野県中野市片塩1221
0269-22-2005
火曜休館
9:00~17:00(冬季は異なる)

中野市の自然や歴史・文化が分かる展示で、縄文土器の展示が素晴らしく、土偶の姥ヶ沢ヴィーナスは著名。弥生時代の柳沢遺跡出土の重要文化財である銅戈・銅鐸や栗林式土器、吉田式土器、土製円盤、磨製石斧、石鏃、管玉などは「収蔵展示室」を設けて展示している。高遠山古墳をはじめとした市内の古墳についての展示もあり、全体的に充実した博物館。

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柳澤遺跡の収蔵展示室内

 

 

 

長野市

31m
姫塚古墳

ひめづかこふん

🅿あり
🚻なし

長野市篠ノ井石川

前期に築造された南向きの前方後方墳。主体部不明。遺物も知られていないが、前方後方墳という形状と川柳将軍塚よりも高い標高510mという立地から川柳将軍塚古墳より前に築造された古墳と考えられる。

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93m
川柳将軍塚古墳

せんりゅうしょうぐんづかこふん

長野市篠ノ井石川

🅿あり
🚻なし

長野県で2番目の墳丘長を誇る前方後円墳。標高470m、北東向き。葺石・埴輪あり。後円部墳頂に竪穴式石室があり銅鏡42面のほか筒形銅器や琴柱形石製品など貴重な遺物が多数出土し長野県宝に指定されている。前方部にも竪穴式石室あり。前方部付近で円筒埴輪棺が出土。まさに長野県ナンバーツーの古墳に相応しい。

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46m
南向塚古墳

なんこうづかこふん

長野県内では珍しく沖積地に築造された前方後円墳。道路からも良く見える。築造時期は6世紀の可能性が高いが未確定。

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大室古墳群

長野市松代町大室ほか

おおむろこふんぐん

大室古墳群は、5世紀から築造が始まった群集墳で、総数は500基を超えている。墳丘は一般的な古墳と同じように土を盛って造られたものや、石だけを積んで造られた積石塚、それに両者の要素を合わせた土石混合墳があり、多分に渡来系の要素が強く、古墳群の造営開始時期は列島内での馬の飼育が本格的に始まる時期と重なるため、すでにこの時期にヤマト王権は後の勅使牧に相当するような馬牧を信濃に設置し始めたのではないだろうか。

大室古墳群は、奇妙山から派生した3つの支脈尾根上とそれらに挟まれた2つの谷部に立地し、以下の5つの支群に分けられる。

【北山支群】
 大星山の尾根上を中心として22基の古墳により構成。山頂近くの18号噴は大室古墳群唯—の前方後円墳で墳丘長55.5mを誇り県内では特筆すべき大きさ。大室古墳群発祥の端緒となったような高祖的な古墳。

【大室谷支群】
国史跡に指定された地域。大星山の支脈と中央支脈とに挟まれた谷部に241基。積石塚が多い。

【霞城支群】
中央支脈の先端部尾根上に16基。中世に霞城が築城されたため地形の一部が改変されている。

【北谷支群】
中央支脈と、尼厳山の支脈である金井山(標高495m)とに挟まれた谷部に208基。支群内はさらに、谷裾の緩斜面と上部の4支谷に立地条件が細分される。

【金井山支群】
金井山の尾根上を中心として18基の古墳。

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積石塚の168号墳

 

168号墳の石室は合掌形石室という珍しい造り

 

186号墳

 

186号墳の石室は入りやすい

 

197号墳の石室も入りやすい

 


大室古墳館

おおむろこふんかん
長野市松代町大室310

大室古墳群のガイド施設。パネルによって大室古墳群について解説しており、ヴィデオも見られるので、それを見てから古墳群を登るのもいいだろう。

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妻女山展望台

川中島合戦の古戦場跡を一望できる。

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川中島古戦場(八幡原史跡公園)

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川中島古戦場八幡社

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松操山典厩寺

長野市篠ノ井杵淵1000

武田信玄の弟・典厩信繁の墓がある。

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武田典厩信繁墓所

長野市篠ノ井杵淵1000

典厩寺境内にある。

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松代城跡

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松代象山地下壕

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松代大本営天皇御座所・気象庁 松代地震観測所

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もうひとつの歴史館・松代

写真撮影NG。

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長野市立博物館

長野市小島田町1414
026-284-9011
9:00~16:30(16:00)
月曜休館

長野市内の遺跡から出土した遺物を展示。大室古墳群についての解説もある。

弥生時代中期後半の栗林式土器や後期の箱清水式土器を展示。善光寺平の古墳で特有な合掌形石室については、竹原笹塚古墳石室の実物大模型を展示している。合掌形石室は、全国で40例確認されており、とくに千曲川右岸に多く、大室古墳群では26例確認されている。竹原笹塚古墳は6世紀前半の古墳で、横穴式石室に合掌形が採用された。

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20241106A
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長野県埋蔵文化財センター

長野市篠ノ井布施高田963-4
026-293-5926
9:00~17:00
土日祝休館

展示室は小さいが、長野県内で発掘された最新の遺物を見ることができる。無料配布の資料も充実。職員の方に質問すれば詳しく解説してくれるだろう。

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20241106A

 

 

 

 

長和町(ながわまち)


鷹山遺跡群

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20230924A

 
 


黒耀石鉱山展示室 星くそ館

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星くずの里たかやま 黒耀石体験ミュージアム

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南牧村(みなみまきむら)


矢出川遺跡

やでがわいせき

南牧村野辺山二ツ山

🅿説明板の前に少しスペースあり
🚻なし

博物館などで旧石器時代の展示を見ていると、その時代の最後の方に細石刃が現れるが、矢出川遺跡は日本で初めて細石刃が発見された記念すべき遺跡。標高1340mの地点にある。

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C5696

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小海線・野辺山駅

こうみせん・のべやまえき

JRで最高所にある駅。標高は1345m。

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南牧村美術民俗資料館

南牧村野辺山79-3
0267-98-3288
9:00~17:00(16:30)
月曜休館

🅿あり
🚻あり

名称に「歴史」が入っていないが、矢出川遺跡の旧石器の展示が素晴らく、縄文時代や中世の展示もある。美術展示も面白いし、鉄道の展示も充実している。

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御代田町(みよたまち)


川原田遺跡

かわらだいせき

御代田町塩野

🅿なし
🚻なし

集落遺跡。住居跡は縄文前期が6棟、中期が46棟、それに平安時代が19棟。単に遺構や遺物の一覧を見ただけでは特徴的な感じはしないが、浅間縄文ミュージアムに展示してある国指定重要文化財の見事な焼町土器が出土した遺跡である。

平安時代の古代寺院跡の遺構も見つかっており、周辺地域は、延喜式の御牧・塩野牧があったと言われている地域で、本遺跡の北東約1kmにある塩野山遺跡には、塩野牧の遺構とみられる一辺50mの方形状の土堤構築物(通称「駒飼の土堤」)がある。

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川原田遺跡からの景観

 

 

 


宮平遺跡

みやだいらいせき

御代田町豊昇

🅿なし
🚻なし

縄文時代中期後半から後期の遺跡。敷石住居跡を検出。茂沢の南石堂遺跡と同様な石組み棺が見つかっている。浅間山麓では、わざわざ秩父地方産の緑泥片岩を使って石皿を作ることが多く、本遺跡出土の石皿は、浅間縄文ミュージアムに展示している。その他、同ミュージアムに展示している本遺跡出土遺物としては、釣手土器「あくびちゃん」やヒスイの大珠もある。

ところで、本遺跡は、関東大震災後、一時軽井沢に住んでいた英国人医師・マンロー博士が調査したことがある。マンローは軽井沢移住よりずっと前に日本人女性と結婚し日本に帰化している。その後、北海道平取町二風谷に移住し、コタン(アイヌ集落)の人びとと交流を深め、コタンの人びとからは信頼を得たものの英国人であることであらぬ疑いをもたれ、ひどい目に遭ったようだ。

昭和17年に病没。亡くなる前、コタンの習俗で葬ってもらうことを遺言。端的に言うと、イギリスで生まれ、日本に帰化し、最後はアイヌになったと言える。二風谷に埋葬されたが、軽井沢の外国人墓地にも分骨された(日本に帰化しているのになぜ外国人墓地なのかは分からないが、時代背景も影響しているのか)。軽井沢での分骨埋葬の際は、町民たちによって「萬郎先生慰霊祭」が行われたという。

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13m
馬瀬口下原古墳

ませぐちしもはらこふん

御代田町馬瀬口

7世紀に築造された径13mの円墳。両袖式の横穴式石室を備える。金環、ガラス玉9点、臼玉3点、直刀片、刀子片、鉄鏃、土師器、須恵器のほか、人骨や歯を検出した。元々は5基から成る群集墳だったが、国道18号線新設工事によって破壊され、今残っている古墳は1号墳。

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浅間縄文ミュージアム

御代田町馬瀬口1901-1
0267-32-8922
9:30~17:00(16:30)
月曜・最終木曜休館

とくに縄文土器の展示が素晴らしい。町内の遺跡から出土した早期から前期前半の尖底土器群や、川原田遺跡出土の国指定重要文化財の土器群は非常に美しい。重文の土器群は焼町土器が主だが勝坂式や型式未定のものもある。

また、浅間山の噴火の歴史や天明3年(1783)の噴火についても詳しく説明している。

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探訪懸案箇所

・長和町原始・古代ロマン体験館

 

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