山形県の遺跡・関連施設一覧

最終更新日:2025年8月27日

目次

 ※自治体ごとに示し、自治体の並び順は五十音順です。
 ※一覧の見方に関しては、こちらをご覧ください。

 

 

朝日町(あさひまち)


大隅遺跡

朝日町和合

🅿なし
🚻なし

昭和11年に明鏡橋架橋工事の際に見つかった旧石器を昭和24年3月に菅井進が同人誌『縄紋』に発表したが、中央の学者には知られなかった。「岩宿の発見」はその半年後であるので、もし、その情報が中央の学者に知られたら、日本初の旧石器時代遺跡発見の地は本遺跡になったかもしれない。現地はとくに目で見られるものはなく、説明板があるのみ。出土した石器は、山形大学附属博物館に展示。

初回探訪レポート

20230917A
20250823A

 

 

山形大学附属博物館にて撮影

 

山形大学附属博物館にて撮影

 

山形大学附属博物館にて撮影

 


土木遺産 旧明鏡橋

🅿なし
🚻なし

20230917A
20250823A

 

 

 

 

 

飯豊町(いいでまち)


上屋地B遺跡

🅿なし
🚻なし

山形県立博物館やうきたむ風土記の丘考古資料館に「中期旧石器時代」とキャプションされた石器が出土した遺跡。

山形県立博物館では、石核、両刃石器およびハンドアックスを展示し、昭和43~44年の調査で見つかったもので、当時は芹沢長介さんも太鼓判を押して、かなり話題になったようだ。

その後、平成30年にも発掘調査が行われたが、その時には、昭和の発掘調査でそれらの石器が見つかった第6層からは人工物がみつからず、その上の層からは見つかったが、そこは後期の層であった。

昭和と現代では化学分析の技術が全然違うため、分析に使える当時の資料があればはっきりするのだが、当時の資料はもうないようだ。

なお、2000年に例の捏造が発覚し、藤村新一が関わった旧石器時代の遺跡はことごとく失格となったが、上屋地B遺跡には関わっておらずセーフだった。

平成の発掘地点に説明板が立っているのが見えるが、周囲は急崖で、その場所まで到達できない。

20250823

正面の森が平成の発掘調査地点

 

遺跡前面に広がる風景

 

山形県立博物館にて撮影

 


萩生石箱遺跡

飯豊町萩生

🅿なし
🚻なし

縄文中期の集落跡。昭和47年に発掘調査が行われた。現地に復元された竪穴住居は意外としっかりとした作りで、常時解放されているようだ。昭和61年に建てられたようだが、きちんと管理や修繕をしないと維持できないものなので、地元の方の愛着を感じることができる。

なお、飯豊町には考古遺物を常時展示している施設はなく、過去には「飯豊町 町民総合センター あ~す」で展示したこともあった。

20250823A

 

 

 

 

【食事】さかい食堂

飯豊町萩生3898

ランチ時は半ラーメンとご飯もののセットがあり、海鮮丼のセットを頼んだが、ラーメンが半ラーメンではなく普通の一人前の量があって嬉しかった。リーズナブルだし近所だったら通いたい店だ。

 
探訪時はこれで900円!

 

 

上山市(かみのやまし)


上山城

19981230

06001-00004

 

 


山形県埋蔵文化財センター

上山市中山壁屋敷5608
023-672-5301
9:00~16:30
土日祝休館

少しだけ出土品の展示があるが、いつでも見学できるわけではないので、訪問前に電話してから行こう。2階の作業場も見学させてもらえ、その時々で旬な遺物と対面できる。

20250822A

 

展示室

 

 

大石田町(おおいしだまち)


角二山石器時代住居跡群

大石田町大石田

🅿なし
🚻なし

後期旧石器時代から縄文時代前期に至る複合遺跡。縄文時代の遺構としては、前期末の大木6式期の竪穴住居跡6棟やフラスコ状土坑などが検出され、現地に住居跡2棟が復元されている。ただし、2025年8月現在、原則として立入禁止。

旧石器時代の遺物は、肘折浮石層直下の粘土層中から細石刃石器群が見つかっている。石器を製作する際に使用されたと考えらえる石(台石)の周囲には、細石刃をはじめ尖頭器・荒屋型彫刻刀形石器・掻器・舟底型細石刃核など6000点以上の遺物を検出した。さらに、それより20㎝下からは石刃が出土。出土遺物はうきたむ考古資料館に展示してあるらしいが未見。また、大石田町立歴史民俗資料館にも保管してあって企画展をする際には展示される。

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大石田町立歴史民俗資料館

大石田町大石田乙37-6
0237-35-3440
10:00~16:30
月曜休館

松尾芭蕉、正岡子規、齋藤茂吉などの文人関連の展示がある。茂吉が戦後に疎開していた家屋にも入れる。考古関連は普段は展示していない。写真撮影NG。

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川西町(かわにしまち)

75m
天神森古墳

川西町上小松

🅿鳥居前にスペースがあるが民家の敷地と繋がっているので注意
🚻なし

墳丘長75m(「埋蔵文化財資料展示館」の展示パネルでは75.58m)の東北地方で3番目に大きい前方後方墳。北西向き。従来は4世紀中葉~後半の築造と考えられていたが、現在は4世紀前半と考えられている。

昔は古墳だと思われておらず、昭和10年の時点で古墳の可能性を指摘していた地元研究者がいたが、当時は東北地方に古墳は無いと考えられており、あまり相手にされなかったようだ。それが昭和55年の測量調査によって古墳であることがわかり、しかも前方後方墳であることが判明。昭和57年に大塚初重が視察し、その重要性を説き、翌年には学術調査が行われた。

米沢市の寶領塚古墳と同様、沖積地に築造されている。墳丘はすべて土盛で構築され、土層は版築工法と同様に奇麗なウェハース状になっており、4世紀前半にこの構築方法は珍しいのではないだろうか。

段築は無いように見えるが、後方部は2段の可能性もある。石製の社殿が祀られている墳丘は平坦な感じがするが、天保年間に神社敷地として削平された。山形県立博物館展示のジオラマでは、稲荷森古墳と同様に前方部墳端に壇があるのが気になる。

訪れると分かるが、後方部墳頂の面積が削平されたにせよ異様に広く、縦よりも横の方が長いハンマーヘッド型。この面積だと墳丘長100mをはるかに超える古墳であってもおかしくないが、南陽町の稲荷森古墳と同様、前方部が短い形をしている。山形の前方後方墳の双璧と言える寶領塚古墳の推定平面形とはかなり異なる。

塩釜式の底部穿孔の広口甕形土器が出土したことにより年代は分かったが、主体部は未調査。

「川西町交流館あいぱる」の2階にある埋蔵文化財資料展示館に展示解説があるので合わせて見学しよう(事前予約をしない限り土日祝は休館なので注意)。

20230917A
20250823A

後方部墳頂

 

左側の高まりが前方部墳端で正面奥が後方部

 

 

山形県立博物館にて撮影

 

『最上川上流における古墳の出現と展開』(川崎利夫/著)より転載

 


下小松古墳群

川西町下小松

🅿あり(街道沿いに大型車可能駐車場有・普通車ならより古墳に近いところまで行ける)
🚻あり(大型車可能駐車場の場所にある)

 米沢盆地西縁の低丘陵に造営された188基からなる東北地方最大級の古墳群。6つの支群に分かれ、北から陣が峰支群・永松寺支群・薬師沢支群・鷹待場支群・小森山支群・尼が沢支群となっている。これらのうち、薬師沢、鷹待場、小森山の3支群179基が国の史跡に指定されている。最古段階の古墳は4世紀後半で、盛期は6世紀。円墳や方墳のほか、小型の前方後円墳や前方後方墳も見られる。

現地説明板を撮影

 

現地説明板を撮影

 

 

 小森山支群には駐車場があり、散策路が整備され、広大な古墳群の中で見学に適しているのはここのみ。各古墳には名前を示す標柱が建てられている。それほど勾配はきつくないので、下草が枯れた時期には気持ちよく歩けそうだ。

 小森山支群には、山形県にある前方後円墳の約半数となる19基の前方後円墳が造られており、その中で最大のK50号墳の墳丘長は33.8m。後期の小型前方後円墳が多い他地域(例えば千葉県)との類似性が気になり、ヤマト王権の政策の一つのあり方を示しているように思える。なお、前方後方墳は小森山支群では築造されておらず、陣が峰支群で確認されている。

 主体部は分かっている限りでは木棺直葬で、やや離れた場所に花崗岩の産地があるそうだが、横穴式石室は構築していない。出土遺物の特徴は、鉄鏃や鉄刀などの武器類が多いことで、それに比して装飾品は極めて少ない。武器類が多いのは、律令国家の前段階での対エミシ政策との関連が考えられる。葺石を施さず、埴輪の樹立もない。

 


K36号墳

復元整備された前方後円墳。

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後円部から前方部を見る

 


K7号墳

展望所になっている古墳。県内唯一の靫が出土(破片状で状態が悪いため展示はできない)。

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後円部から前方部を見る

 

墳丘からの眺め

 

天神森古墳の場所も見える

 


川西町交流館あいぱる 埋蔵文化財資料展示館

川西町吉田4690
0238-44-2843
9:00~16:30
土日祝は要予約

川西町交流館あいぱるの2階には、埋蔵文化財資料展示館がある。天神森古墳から出土した底部穿孔壺や下小松古墳群から出土した鉄製武器類、それに置賜郡衙の推定地である道伝遺跡の出土遺物などを展示。専門職の方に丁寧に説明していただける。展示の写真撮影はNG。

20250823A

 

 

 

寒河江市(さがえし)


富山遺跡

とやまいせき

🅿なし
🚻なし

説明板なし

間氷期に形成される赤色土の中から石器が見つかった。チョッパーやチョッピングツールなどがあり、石器群全体の様相はアフリカから西ユーラシアに広く見られるアシュール文化とおよそ同じ。該当する間氷期はMIS5であるので、13万~11万年前の遺跡の可能性があるが、多くの研究者は無視している。

探訪レポート

20230917A

 

24m
高瀬山古墳

寒河江市寒河江高瀬山1179(最上川ふるさと公園)

🅿ドッグラン側の駐車場に停めると近い
🚻あり

5世紀後半から6世紀前半の間に築造された円墳。外径は34mで、内径は24mを測る。主体部は、粘板岩質の石材を組み合わせた箱式石棺で、副葬品として直刀1振が発見されている。

高速道路建設に伴う発掘調査により、高瀬山古墳の北東側でも数基の周溝跡が検出されたことから、元々は古墳群を形成していたことが分かっている。残っているのはこれ1基のみで、最上川ふるさと公園内に復元整備されている。

20250823A

 

墳丘からの眺め

 

 

 

 

酒田市(さかたし)


城輪柵

きのわのさく
酒田市城輪

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20230918A

 

 

 


堂の前遺跡(出羽国分寺跡比定地)

20190922
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松山城跡

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松山文化伝承館

20190922

 

 

2019年11月に訪れた時は、「縄文時代の庄内展」が開催されていた(普段は近世の展示がメイン)

 


亀ヶ崎城跡

20230918

 

 


酒田市立資料館

酒田市一番町8-16
0234-24-6544
公式HP
4~11月は無休、12~3月は月曜休館
入館料200円

新たな施設をオープンさせるため2023年9月一杯で閉館となった。

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20230918A

 

 

【ホテル】ホテルアルファーワン酒田

庄内地方でリーズナブルに泊まりたい場合は酒田のアルファーワンが良い。タイミングにもよるが朝食を付けても6500円くらいで泊れると思う。広い平面駐車場があり駐車場代は無料だ。

運が良ければ部屋はトレインヴューだぞ(本数少ないですが)。

 
 
駐車場からは列車が見られる

 

 

高畠町(たかはたまち)


日向洞窟

ひなたどうくつ

高畠町竹森

🅿スペースあり
🚻なし

高畠町周辺には、縄文時代の洞窟・岩陰遺跡が14か所も確認されており、全国的に見ても非常に珍しい地域。そのなかの本洞窟と下記3遺跡が国史跡に指定されている。

・大立洞窟
・火箱岩洞窟
・一の沢洞窟

日向洞窟は、標高230mの通称「立石」の南麓に開口。4か所の洞窟と岩陰があり、最大規模の洞窟を日向第1洞窟と呼ぶ。その上には小規模な第2洞窟があり、第
1洞窟の東約15mの地点に第3岩陰、第1洞窟の西約40mの地点に第4岩陰が位置する。

第1洞窟が遺跡の中心であり、5層に分けて考えられている。第1層の表土は繩文時代晩期以降。第2層は、繩文時代晩期から早期。第4層は繩文時代草創期で、第3層と第5層からは遺物は検出されなかった。

第4層出土の隆線文系土器・後続爪形文系土器・多繩文系土器、それに石器類は、長崎県福井洞窟や、新潟県小瀬ヶ沢洞窟などと並び、旧石器文化から繩文文化への発展過程を解明するための重要な資料として位置づけられている。

出土した石器の中には矢柄研磨器、断面三角形の鑚という草創期の一時期にしか造られなかった珍しい石器も出土し、大陸から渡来したとの説もある。山形県立博物館に展示解説がある。

洞窟のすぐ近くまで車で行けるが、大きな車で行くのは避けた方がいいと思う。

初回探訪レポート

20230916A
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第1洞窟

 

第1洞窟

 

 

 

山形県立博物館の日向洞窟のジオラマ

 


火箱岩洞窟

ひばこいわどうくつ

高畠町時沢

上下2か所の南東に開口した洞窟からなる。上洞は岩陰に近い。下洞の大きさは、入口幅約4m、奥行6mで、隆起線文土器、爪形文土器、押奈縄文土器、それに石器類などの多くの遺物がみつかっている。

私たちが下洞を訪れた時、何匹かのコウモリが驚いて飛び回っていた。

駐車場はなく、道路に邪魔にならないように停めて歩いていくことになるが、道路から洞窟まで5分くらいかかり、少し登り路。

20258022A


神奈備山のような前方の山の下の方にある

 

下洞

 

下洞

 

上洞

 

 

山形県立博物館の日向洞窟のジオラマ

 


阿久津古墳群

 うきたむ風土記の丘考古資料館のある場所は、大谷地(白竜湖)低湿地の一部で、北・東・南の三方を山に囲まれた小盆地状の地形を呈しているが、阿久津古墳群はその小盆地の北側の山すそに展開している。その範囲は東西で約2㎞で、30基以上が確認されている。

 東から安久津八幡神社裏手の鳥居町支群に12基、考古資料館敷地内の安久津支群に5基(現存2基)、その北側山腹の味噌根支群に3基、そこから西800mの源福寺支群に4基、さらに西の北目支群に13基あるほか、その周辺に単独で加茂山洞窟墳と羽山古墳がある。

山形県立うきたむ風土記の丘考古資料館にて撮影

 

 すべて横穴式石室を備えた径10~20mほどの円墳で、築造は7世紀後半に始まり8世紀中葉まで及んだと考えられている。付近からは凝灰岩が豊富に取れることからそれを採掘して巨石を組んで石室を構築している。山形県内では、石室墳はこの地域でしか見られないとのことだ。

 今まで県教育委員会や高畠町教育委員会が発掘調査をしたのは、鳥居町9・12号墳、安久津1~4号墳、味噌根2号墳、北目1号墳など。 出土した遺物は、終末期円墳らしく、直刀・刀子・鉄鏃・刀装具・玉類・耳環、それに土師器や須恵器などだが、珍しいものとしては蕨手刀も出土している。

 


安久津1号墳(阿久津支群)

石室は復元されていない。

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22m
安久津2号墳(阿久津支群)

7世紀後半に築造された2号墳は、径22mの円墳で阿久津古墳群中で最大規模。平成3~5年に調査された。巨石を使用した全長4.9mの切
石積みの横穴式石室が開口している。

入口はちょっと狭いが玄室に入ると広い。公園内にあるだけあっていつも奇麗で見学しやすい。

もう少し詳しく

20190922
20230916A
20250822A

 

 

玄室奥壁

 

 


鳥居町支群(阿久津古墳群)

阿久津八幡神社の裏山にいくつか墳丘を見ることができる。

20230916A

これはコンディションが良ければ石室に入れそうだ

 

 

 


羽山古墳(阿久津古墳群・羽山支群)

はやまこふん

高畠町高畠

🅿羽山公園
🚻なし

十数基あった羽山支群(羽山古墳群)を構成する1基で、群中、唯一残存した古墳。横穴式石室は、
羨道がなくなり玄室のみが残る。めのうの勾玉を含む5種類650個の玉類や金環19個が見つかった。阿久津古墳は副葬品の検出が少なく、その中では貴重な存在。追葬が繰り返されており、計12 体の遺骨が出土。

私たちが訪れた時は古墳のある場所は大体特定できたものの真夏だったせいもあり酷い藪で石室を確認できなかった。

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むりぽ

 

 

 


清水前1号墳

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手前が1号墳で奥が2号墳

 

 

 


清水前2号墳

20230916A


 

24m
金原古墳

高畠町金原

阿久津古墳群がある小盆地内にあるが、1㎞以上離れた南側にある。7世紀中頃に築造された径24mの円墳。墳丘上部の封土と石室天井石が無くなっている。県内最大の横穴式石室と言われる。

20250822A


 

 

玄室奥壁

 

 

 

墳丘からの眺め

 

 


阿久津八幡神社

神社なのに三重塔があって神仏混交の形跡が面白い。

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瓜割石庭公園

高畠石の名で有名な凝灰岩の砕石所跡の一つ。近くに風土記の丘考古資料館や古墳が点在しているのに、こちらの方が観光客が多く訪れる。

私はたまたま運転中に岩肌が見えたので驚いて寄ってみたのだが、なかなか良い場所だ。

20230916A


 

 


高畠町郷土資料館

展示物がはっきり分かる写真はNG。

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山形県立うきたむ風土記の丘考古資料館

高畠町安久津2117
0238-52-2585
9:30~16:30(16:00)
月祝休館

県立の施設なので、県内各地から出土した考古遺物を展示している。とくに、縄文時代の展示が豊富で、押出(おんだし)遺跡や水木田遺跡出土の国指定重要文化財の土器などが並ぶ。

古墳時代の展示に関しては、基本的にパネル展示が中心。展示写真の古墳たちは、今では奇麗に整備されている古墳もあるのだが、昔の写真のまま全然展示を替えていないようだ。ただし、考えようによっては古い貴重な写真ともいえる。

飯豊町の上屋地B遺跡出土の中期旧石器の展示もある(同遺跡出土の中期旧石器は、山形県立博物館にも展示している)。

展示替えも細目にしているような印象があり、企画展もよく開催している。職員の方々も親切だし、私が知っている限りでは、山形県内の考古遺物の展示施設では、ここがナンバーワンだと思う。

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20230916A
20250822A

 

 

 

鶴岡市(つるおかし)


大山柵跡

説明板はおろか標柱も無し。具体的にどの場所にどんな建物があったのかもよく分からず情報がほとんどない謎の古代城柵跡。

20190922

 

 

 

天童市(てんどうし)


西沼田遺跡

天童市矢野目

6世紀を中心とした集落跡。昭和60年に発見され、大量の木製品が出土したことで注目された。古墳時代の集落跡を奇麗に整備している場所は全国的に見ても稀有。

一般的な掘立柱建物の柱は、地下50cm程まで埋めるが、本遺跡で見つかった柱の中には地下1.6m程まで埋めたものがあり、柱自体の高さは3~5mはあったと推測されることから普通に考えたら埋めるのは困難。どのようにして埋めたのかは解明されていない。

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天童市西沼田遺跡公園ガイダンス施設 ぬまりん館

天童市矢野目3295
9:30~18:00(17:30)
月曜休館

西沼田遺跡について詳しく解説している。土器の展示もあり、とくに編み物に関する展示解説が豊富。お土産も売っている。

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【うどん】うどんや膳

天童市蔵増甲707-4

讃岐うどんに近いコシと弾力がある美味しいうどんで、天丼のタレは濃い味で美味しかった。

 
ナスが1本半!

 

長井市(ながいし)


長者屋敷遺跡

長井市草岡

旧石器、縄文、弥生の複合遺跡。平成10年の発掘調査で縄文中期の4本の柱跡が検出され、現地には模擬の柱が立てられている。冬至の日には、この4本柱の対角線の延長方向に太陽が沈み、春分と秋分の時期には、柱列の中央部から太陽が昇る。

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長井市古代の丘資料館

長井市草岡2768-1
0238-88-9978
9:00~16:00
月曜休館

長井市内の遺跡から出土した遺物を展示。縄文土器が多い。近くには長者屋敷遺跡公園がある。

20250823A

 

 

 

 

南陽市(なんようし)

96m
稲荷森古墳

南陽市長岡1175

4世紀後半に築造された墳丘長96mを誇る山形県最大の前方後円墳で、東北地方では6番目の大きさ。後円部径が62mあるのに対し、前方部長は34mしかなく、この時期の大型前方後円墳としては後円部が極端に大きい珍しい形状。

墳丘は南西向きで、後円部は3段、前方部は1段だが、前方部先端部に壇を構築している(前方部先端を2段築成とする考え方もある)。1段目は地山削り出しで2・3段目は盛土で構築。

前方部の高さが4mなのに対し、後円部高が9.6mと、前期らしい高低差がある。

昭和62~63年に南陽市教育委員会が調査を実施し、その中で発掘調査も行われたが、主体部の調査はしておらず、したがって主体部は不明。後円部裾からは底部穿孔壺が出土し、後円部地山層からは古墳築造前の竪穴式住居跡が見つかった。

山形県立博物館にジオラマと簡単な解説があるが遺物の展示はなく、うきたむ風土記の丘考古資料館にも遺物の展示はない。

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真横から見ると後円部が大きいのが良く分かる

 

 

側面から見ても前方部墳端の壇の復元が良く分かる

 

墳丘上には壇に登るための石段を設けてある(元々は無い)

 

前方部から後円部を見る

 

後円部の段築が良く分かる

 

後円部から前方部を見る

 

後円部墳頂

 

後円部墳頂からの眺め

 

 

 

 

 

 

東根市(ひがしねし)

30m
東根大塚古墳

東根市温泉町2-15-1(北村山公立病院内)

5世紀に築造された一辺30mほどの方墳。昭和44年に北村山公立病院の新築工事の事前調査として発掘調査された。周溝跡が検出されたが、当時は山形県初の周溝発見だったという。出土遺物は土師器片のみで埴輪は見つかっていない。葺石なし。主体部は未調査で不明。

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舟形町(ふながたまち)


西ノ前遺跡

舟形町舟形505-11

縄文時代中期の遺跡。小国川左岸の川岸段丘上に立地。平成4年6月8日から10月6日まで発掘調査が行われ、ロングハウス3棟を含む竪穴住居跡が9棟、フラスコ状土坑60基を含む200基以上の土坑、それに土器捨場などが検出された。8月の調査時には土偶「縄文の女神」が見つかった。頭、胸、腰、両脚と5つに割れた状態だったが、完形に復元できた。土偶はその後、国宝に指定され、山形県立博物館の展示の目玉となっている。

遺跡の場所は、現在は西ノ前遺跡公園「女神の郷」として整備されている。

縄文の女神について

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20250824A

 

 

 

 

 

 


舟形町歴史民俗資料館

舟形町舟形2679-22
0233-32-3495
10:00~16:00
火曜休館

西ノ前遺跡などの町内の歴史や民俗を解説した施設。私たちが訪れたときは、山形県埋蔵文化財センターの市町村巡回展「発掘された舟形町と最上郡の遺跡」が開催中だった。

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舟形町観光物産センター めがみ(JR舟形駅)

JR舟形駅に併設している。グッズやお土産も売っているので、西ノ前遺跡を訪れた時はこちらにも寄ろう。

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山形市

15m
菅沢2号墳

すげさわにごうふん

5世紀後半頃に築造された径52mの円墳。円墳としては山形県で最大級。ふもとの道路や高速道路からは奇麗な2段築成の墳丘が見える。

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著しい逆光だった

 

 

 

15m
大ノ越古墳

だいのこしこふん

山形市富神前6

5世紀終わりころに築造された径15mの円墳。昭和53年の春に発見された。副葬品が豊富で、馬具のほか国内最古級の単鳳環頭大刀が
出土し、山形県立博物館に展示している。環頭大刀が出るようになるのは後期なので、それが中期末の山形の古墳から出土しているというのが興味深く、副葬品の豪華さと墳丘規模がマッチしない一例としても面白い。

初回探訪レポート

20230917A
20250823A

 

 

 

山形県立博物館にて撮影

 

単鳳環頭大刀(山形県立博物館にて撮影)

 


嶋遺跡

しまいせき

6世紀後半の集落跡。天童市の西沼田遺跡と併せて見学すると面白い。

20230917A

 

 

 


立石寺(山寺)

約1000段の階段で有名。前半は木陰だが、後半は日光を直に浴びるので夏場はきつい。

20250825

 

 

 


山形城跡

山形市霞城町

日本100名城。

19981230
20190922
20230917A
20250824A
20250825

06002-00005

 

 

1998年12月30日撮影

 

2023年9月17日撮影

 

 

 

 

 

 


最上義光像

最上義光は、伊達政宗の生母・義姫(保春院)の兄。山形が生んだ英傑だ。

関ヶ原合戦と同じころ、この地でも東軍vs西軍の戦いがあり、義光は東軍に付き、米沢城に居た西軍の上杉景勝配下の直江兼続と対峙した。手に持っているのは槍ではなく、槍よりも遥かに重い鉄の指揮棒である。

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山形開祖 斯波兼頼公碑

最上氏の祖(最上義光の先祖)。

斯波氏は足利氏一族。父・家兼は、延元3年(1338)、北朝側の有力武将として、兄・高経らと共に北陸へ赴き、新田義貞を討ち取った。観応の擾乱では尊氏に味方し、引付頭人を務め、文和3年/正平9年(1354)、奥州管領に任じられて下向、中新田城を拠点とした。この際に、兼頼も父に従って下向し、その後兼頼は山形城を築城し、名字を山形に改めた。

子の直持は、大崎氏の祖となった。最上氏と大崎氏は奥羽を代表する勢力に成長して戦国時代を迎える。

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山形県立博物館

山形市霞城町1-8
023-645-1111
9:00~16:30(16:00)
月曜休館

総合博物館であって歴史専門の博物館ではない。「第2展示室 山形の大地に刻まれた歴史」ブースに考古遺物の展示があるが、それほど多くはない。ただし、何といっても国宝土偶「縄文の女神」が本拠地としていることで著名。「縄文の女神」は専用室内に展示され、じっくりと写真を撮ったり観察をしたりすることができる。なお、国宝指定には、附として一緒に見つかった「土偶残欠47箇」も含まれており、それらも俊逸だ。

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山形大学附属博物館

山形市小白川町1-4-12人文学部1号館
023-628-4930

大学の博物館は敷地内に入ってから辿り着くまで遠いこともあるが、山大の博物館は西側正門から入ってすぐの人文学部1号館にあるのでアクセスが良い。

考古系の展示はあまり無いが、大隅遺跡出土の旧石器もあって必見。スター遺物は、寒河江市・石田遺跡出土の結髪土偶だ。結髪土偶の優品はあまり存在しないので縄文好きなら会いに行くべし。山形駅から路線バスでも行けるし、ちんたら歩いても30分の距離だ。

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考古展示コーナー

 

寒河江市石田遺跡出土・結髪土偶

 

【蕎麦】あいこう亭

山形市西田2-24-55
023-646-2241

あいこう亭のお蕎麦はリーズナブルなのに本格的で美味しい。お店の方も親切。近所にあったら通いたいお店だ。

なお、太い蕎麦と細い蕎麦が選べるが、細いのが普通の蕎麦だと思って良い。太いのは、「武蔵野うどん」みたいに本当に太くて歯ごたえがあるぞ。好みでどうぞ。

 
 

 

【飲み屋】えきでん

山形駅周辺には魅力的な飲み屋が多くあるが、偶然入ったこのお店の串焼きは最高に美味かった。チャキチャキした接客も好印象。また行きたい。

 
 
 
 
 
 

 

 

山辺町(やまのべまち)

51m
大塚天神古墳

4世紀後半に築造された径51mの円墳で、円墳としては、菅沢2号墳と並んで県内最大級。

須川左岸の氾濫原に臨む微高地に位置し、墳頂には天満神社が祀られている。地元の人の話だと塚を
築いて神社を祀って安全を祈願したと言うが、昔から神社のある塚は古墳ではないかと考える研究者がいた。平成8年に神社西側に農村公園を作るということで発掘調査をしたところ、埴輪片が大量に出土し、古墳であることが判明。その後、3回、学術調査が行われている。

4世紀後半の山形県内の古墳を見ると、まだ埴輪の樹立が無いのが普通なので、ヤマト王権との関係
を含め、非常に興味深い古墳だ

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27.5m
坊主窪1号墳

坊主窪古墳群では、16基以上の古墳が確認されており、1号墳が前方後円墳であるほかはすべて円墳。1号墳は、6世紀後半に築造された墳丘長27.5mの前方後円墳。日本海側の前方後円墳としては最北に位置する。

1号墳は、かつては双円墳と見られていたが、昭和61年の調査で前方後円墳であることが判明。ただし、すでに築造されていた2つの円墳を繋ぎ合わせて造った古墳とも考えられている(このような例は、東京都大田区の多摩川台古墳群で見ることができる)。

探訪レポート

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後円部から前方部を見る

 

 


武田信安公の霊廟

武田信安は、信玄の大叔父と言われているが、系図には現れず不詳で、信玄の大叔父だと伝承の時代と合わない。

探訪レポート

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遊佐町(ゆざまち)


杉沢A遺跡

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丸池神社

国史跡・鳥海山の範囲内である。丸池様と呼ばれる美しい青色の池に引き込まれそうになる。
すぐ近くには、小山崎遺跡があるのだが、現地に案内板がなくて、そのときは分からなかった。

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旧青山本邸

いわゆる「ニシン御殿」であるが、見学しごたえのある建築で、ドラマ「おしん」のロケも行われた。

第2展示室には縄文関係の遺物が展示してあり結構充実している。

遊佐町に来たらぜひ立ち寄りたい施設だ。

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米沢市(よねざわし)


一ノ坂遺跡

米沢市矢来

縄文時代前期初頭の遺跡。長さ43.5m×幅4mの日本最長のロングハウスを検出。三内丸山遺跡のロングハウスは、長さ32m×幅10mであるので、それより長い。

ロングハウス内には炉跡が6ヵ所あり、見つかった石器や石屑は200万点を越し、石器を作る共同作業所だったことが分かる。軒を接して並ぶ8棟の「連房型竪穴住居跡」という縄文時代では他に類を見ない住居跡も見つかっており大変興味深い遺跡。出土遺物は、うきたむ風土記の丘考古資料館が所蔵。

初回探訪レポート

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80m
寶領塚古墳

米沢市窪田町

4世紀後半に築造された墳丘長80mを誇る南向きの前方後方墳。東北地方の前方後方墳としては、福島県郡山市の大安場1号墳(83m)についで2番目の大きさ。

昭和61年に測量調査が実施され、平成元年に発掘調査が行われた。後方部は3段築成。圃場整備によって墳丘は大きく削られており、前方部はほぼ壊滅状態で、推定復元図と現状との差が大きい。沖積地に築造されていることに注目。

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東側道路から古墳側面を見る(森が後方部でその左側に隠滅した前方部)

 

 

27.6m
八幡塚古墳

米沢市窪田町

5世紀前半に築造された西側に張り出しを持つ径27.6mの造出し付き円墳。高さは3.6mあり、墳頂には八幡神社が祀られている。

昭和63年に米沢市によって発掘調査が行われている。埴輪は見つかっておらず、甕形土器や複合口縁のある壺形土器、坩などの土師器片が出土。南小泉Ⅱ式に比定される。葺石の有無は断定できない。

西側にある寶領塚古墳とは1㎞ほどしか離れておらず、工業団地を造成する前はこの近辺には大型の古墳が複数存在したとの伝えもある。

帆立貝式古墳のルーツを探るうえで重要な古墳として、米沢市は史跡に指定した。平成24年には、地元住民が中心となり八幡塚古墳保存会が結成されている。

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向かって左側が造出部分だが草に覆われていて分からない

 

墳頂

 

墳頂から西の寶領塚古墳方面を見る

 

 


古志田東遺跡

米沢市林泉寺3-12

平安時代の9世紀前半から10世紀初頭に機能していた豪族屋敷跡。公園として整備されており、かなり珍しい場所だ。微高地に位置し、河川跡や船着場も見つかっており、その様子が分かるようになっている。出土した遺物は木製品や木簡、4万点の土器(墨書土器は500点でその7割に呪術絵)、そして珍しい物差しなど。

時代的には平将門の乱より前で、律令制が弛緩して行った頃に当たり、その時代に米沢周辺を治めた豪族のありようが分かる貴重な遺跡。

初回探訪レポート

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米沢城

続日本100名城。

探訪レポート

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「伊達政宗生誕の地」碑

伊達政宗は米沢城で生まれたため、米沢城跡内には石碑が建立されている。

探訪レポート

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上杉謙信像

謙信は米沢とは直接関係はないが、上杉氏といえば謙信。米沢城跡内にある。

探訪レポート

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上杉景勝・直江兼続像

上杉景勝と直江兼続の仲良し主従。米沢城跡内にある。

探訪レポート

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上杉鷹山像

為せば成るの上杉鷹山。米沢城跡内にある。

探訪レポート

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上杉神社

探訪レポート

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宮坂考古館

写真撮影NG。

縄文時代の石器や土器も少し展示してあるが、メインは甲冑や火縄銃のコレクション。
「伝」ではあるものの前田慶次、上杉謙信、上杉景勝、直江兼続、そして何と関東管領・上杉憲政の甲冑が展示してある。
「伝」なので何とも言えないが、戦国好きな人には楽しい施設。

探訪レポート

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【ラーメン】赤湯からみそラーメン龍上海 米沢店

米沢市春日4-4-6

辛味噌ラーメンが好きなら絶対おすすめ。ただし、行列待ち覚悟で行こう。

 
スープは濃厚ではない 

 

【食事・お土産】道の駅 米沢

米沢といえば米沢牛や蕎麦が有名だが、ラーメンも美味しいぞ。

 
濃厚スープの辛味噌ラーメン

 

【駅蕎麦】立ちそば処 鷹

米沢駅にある立ち食い蕎麦屋。新幹線に乗る前に小腹を満たすのにちょうどよい。

 
 

 

【鉄道】米沢駅

東北の駅百選

 
 
 
 

 

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