2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。
当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。
基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。
※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。
※本記事は、2017年4月17日に投稿した記事です。
2017年4月15日(土)の探訪レポート
つい2週間前の4月2日に同じ時刻の5時に出立した時は普通に夜の暗さでしたが、今日はすでに明るいですよ。

では、一路常陸国府を目指すべく雷電號を稼働させます。
先日、圏央道がつくばまで繋がったので、その実走を兼ねて圏央道で行きますよ。
私の家は圏央道の高尾山ICまで10分くらいの場所にあるので、北へ向かうときはいつもそこから高速に乗るのです。
昨年の9月25日に雷電號が配備されてから圏央道はもう何度も走行していますが、一番遠くまで行ったのは茨城県古河市(五霞ICで降りる)までで、そこから先は未知の道となります。
未知の道ーーっ!!
古河より前にある幸手の手前くらいから、圏央道は何としたことか、方側1車線になるんですよね。

制限速度も70km/hになるので、ここからは低速度での巡航となります。

五霞ICを過ぎ、未知の道を進んでいると、その後も2車線になったり1車線になったりで、あまり思うように速く走れません。
まあ、渋滞していないだけマシではあると思いますが、せっかくこういう道を走っているのに雷電號のポテンシャルが発揮できないのは車が可哀そうです。
やがて坂東太郎を渡河。

左手にはうすーく、筑波山が見えますね。

おや、何ですかね、あの特徴的な屋根の建物は。

つくばJCTから常磐自動車道へ入り、谷田部東PAで休憩です。

我が家の方向からすると筑波山の反対側にあるこの場所まで90分で来ちゃいました。
圏央道は私にとっての「棒道」ですな。
あ、信玄が作った軍用道路のことです。
というわけで、本日の一発目のスポットへ向かいます!
・・・着きました!

千代田石岡ICの敷地内にあって、非常に近接し辛い場所にあるこの史跡は何でしょうか?

何と、江戸期の一里塚です!

説明板などはないので詳細は分かりませんが、千代田の一里塚は水戸街道の一里塚で、茨城県指定文化財(史跡)になっています。
もちろん墳頂へ登ります。

おや、この珍妙なものは何でしょうか?
どうやらこれは、今ではほとんど絶滅しかかっている「EB」すなわち「エロティック・ブック」ですね。
ブックではなくマガジンと言った方が実情に即しているかもしれません。
こういう紙媒体は、私の子供の頃はたまに道端に落ちており、こういう媒体をお店で購入できない小学生や中学生の少年にとっては、まさに埋蔵金を発掘したくらいの価値があったものです。
それが今ではWWWの普及により衰退の一途をたどっているわけです。
あれ、女性物のショッキングピンクの下着も落ちてますよ。
まさか、男性用のショッキングピンクの下着じゃないよね?
二つの遺物が地表面に現れているこの墳頂で、往古、いったいどのような行為が行われたのでしょうか。
もしかしたら何らかの性的な祭祀が執り行われたのかも知れず、そうすると千代田の一里塚は祭祀跡の遺跡ということになります。
私は考古学の専門家ではないので、これはどなたか専門の方に聴いてみたいと思います。
おっと、ここで詳細な考察をしている暇はないですね。
車は道端に路駐しているし、さっさと次へ行きましょう。
⇒ 【gooブログから】松山瓦窯跡 ~城跡に来たと思ったら古代の瓦窯跡だった~ 【常陸国”枢要部”探訪②】
