2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。
当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。
基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。
※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。
※本記事は、2017年5月6日に投稿した記事です。
2017年5月3日(水)の探訪レポート
⇒ 【gooブログから】風土記の丘資料館|千葉県印旛郡栄町【下総古代史探訪⑦】
風土記の丘資料館では欲しい資料が売ってなかったのですが、たまたま最後に浅間山古墳を見に行こうと思っていたところ、普通にAmazonや本屋で買える『シリーズ「遺跡を学ぶ」109 最後の前方後円墳 龍角寺浅間山古墳』が売っていたのでそれを購入し、浅間山古墳を目指すことにします。
風土記の丘資料館が建っている辺りは、龍角寺古墳群の中でもとくに古墳密集地域ですので、ポコポコと古墳が行く手に現れます。
63号墳。

66号墳。

62号墳。

小学6年生の時の遠足で来た時は、古墳の上でみんなでお弁当を食べました。
こんな感じの風景だったような気がします。

でも、当時はもっと墳丘が大きかったような記憶があるんですが、今見ると小さいですね。
お、この古墳には説明板がありますね。

65号墳。
ちょっと特別な古墳でしょうか。

58号墳。

70号墳。

こちらは立て札が写真に写っていないので補足しますと、墳丘長43m、高さ2.7mの前方後円墳です。
まあまあ大きいですね。
引き続き、古墳ポコポコ。

71号墳。

73号墳。

75号墳。

説明する言葉も出てこないまま、比較的大きい道路に出ました。
この道路を渡った先に浅間山古墳があるはずですが、墳丘は林の中にあるようで外から見えず、また、そっち方面へ行く道が見つかりません。
仕方がないので、諦めて帰りますか。
※後で知りましたが、道路に出る手前に左側の低地に分岐して下りていく遊歩道があったのですが、そこを下りて行くと道路の下をくぐって浅間山古墳へ行けたようです。
母に電話してそろそろ戻る旨を伝えます。
とりあえず、元来た道を帰りますよ。
お、何だこれは。

地図を見るとこの直線道は龍角寺の参道の延長線上にある道なのですが、白鳳時代からの古道だと言われているようですね。

古道大好き。

古墳群についてちょっと解説。

69号墳。

67号墳。

風土記の丘資料館まで戻ってきて78号墳。

龍角寺古墳群には100基以上の古墳があるのですが、特別な愛称が付いている古墳は少数で、「みそ岩屋古墳」と呼ばれている古墳が車を駐めている場所の近くにあるようなので、そこへ向かいます。
あ、これですね。

106号墳、通称「みそ岩屋古墳」です。

この立て札、今までお見せしたものと違うことが分かりますか?
そう、四角なのです!
つまりは方墳ということですね。
横穴式石室は一応開口していますが、ここに入るのは危ないです。


一辺の長さは岩屋古墳の半分ですが、切石を積んで造った横穴式石室を持ち、築成も3段なので、岩屋古墳の縮小版みたいな古墳です。

この図をると、みそ岩屋古墳の下に小さな円墳のようなものが並んで描かれていますね。

これが結構紛らわしいのですが、古墳ではなく中世の塚だそうです。

古墳群の中に中世の塚をたくさん築造してしまったので、一見どっちがどっちか分からなくなってしまいました。

中世の人も紛らわしいことをしますね。
約束の12時を10分ほど過ぎてしまいましたが、母と妹を駐車場へ呼びます。
最初はこれで帰ろうと思っていたのですが、探訪中にどうしても見てみたい遺跡が一つ増えてしまいました。
それは東日本最古の寺院、龍角寺です。
⇒ 【gooブログから】龍角寺|千葉県印旛郡栄町 ~国宝級の仏像によって護られている東国最古級の寺~【下総古代史探訪⑨】
