2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。
当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。
基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。
※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。
※本記事は、2020年1月3日に投稿した記事です。
年月日()の探訪レポート
では続いて、玉作遺跡を目指します。
だいたいの場所は分かっているので、KKDで雷電號を走らせます。
それっぽい場所が見えたのですが、車で近接することができません。
この辺は丘を削って街を造成しているため、私も同様な感じの多摩地域で仕事をしている関係上、よく分かっているのですが、高低差のために道路が自由に通じていない場合があるんですよね。
仕方がないことなのですが、この辺りはとくにそれが激しい。
あー、なかなか到達できない!
・・・あれ?
墳丘じゃないの?
グルグルと住宅街を走っているうちに、道路の横の高まりの上に古墳のようなものが見えました。
慌てて路駐して見に行きます。
うわー、何だここはー!

ヤバイ・・・

この一角は古墳が保存されているんですね。

「引き寄せの法則」というのがあって、私はそれは真実だと考えているのですが、歴史めぐりの場合は「引き寄せられの法則」というのがあります。
遺跡が好きでめぐっていると、自然と遺跡に引き寄せられてしまうことを言います。

古墳が保存されているこの一角は、周囲を見渡すと一番標高が高い場所であるように見えます。

こういった箇所を残すなんて、この街をデザインした人はとてもセンスがいいですし、古代人へのリスペクトを感じることができますね。

たのしいー。

ところで、ここはどの辺りなんでしょうか。

さきほど、公津原古墳群は、瓢塚古墳群、天王・船塚古墳群、八代古墳群の3つに分かれると言いましたが、ここは22号墳以降の古墳があるので、八代古墳群になりますね。
この一角にある古墳のうち、案内表示があるのは以下の3基です。
・22号墳 径8mの円墳
・23号墳 一辺18mの方墳
・24号墳 一辺11mの方墳
ただ、これ以外にももっと小さいですが墳丘のようなものもあるため、詳細は良く分かりません。


一部分だけ樹木が残されており、その中に小祠があります。

狭いスペースなのに写真撮りまくりです。

この樹々からは古い威厳のようなものを感じるので、非常に神聖な一角ではないでしょうか。


偶然の出会いでしたが、とても楽しかった!
それでは改めて、玉作遺跡を目指します。
