2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。
当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。
基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。
※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。
※本記事は、2019年12月15日に投稿した記事です。
年月日()の探訪レポート
姉埼神社とその周辺の古墳を訪ねながらちょうど1時間歩きました。
クラツーのツアーに組み込むのにちょうど良い感じですが、各古墳がヴィジュアル的にそれほど強くないので、マニア向けになってしまいますね。
あとは、私の足で1時間ですから、ツアーにする場合は1.5倍から2倍の時間を確保したいです。
さて、つづいて雷電號に乗り込み、六孫王原古墳を目指します。
姉崎古墳群のなかでも唯一残っている前方後方墳ですので、前方後方墳マニアとしては絶対に外せません。
ナヴィに脳内を支配されながら古墳のすぐ近くまでやってきました。
この先に駐車スペースがあるようですが、ここには入りたくないな。

私は雷電號を結構酷使しますが、ここを通るのは可哀そうだ。
では、歩いて行きますよ。
ここも台地の上で、眺望はいいです。

お、説明板がある。


この説明は非常に興味深い。
というのは、関東地方では古墳時代中期以降は原則的に前方後方墳は造られないのです。
私は日本全国の古墳を把握しているわけではありませんが、これは全国的な傾向だと考えられ、唯一の例外が出雲だと認識しています。
ところが、六孫王原古墳は何と、終末期の前方後方墳というのです。
普通であればあり得ません。
出土遺物からみて終末期だと判断されていると思いますが、これは「リサイクル墳」ではないでしょうか。
リサイクル墳というのは、過去に造った墳丘を再利用する古墳のことです(私の造語)。
調査の結果、本当に前期の遺物は出ていないのでしょうか?
横穴式石室だけ調べては駄目です。
墳丘裾に東海系の土器の破片なんかは落ちていなかったのでしょうか・・・
ただし、終末期に築造された前方後方墳は絶対に無いとも言い切れませんので、これはもっと研究する必要がありますね。
むしろこういう領域になるとアカデミズムの先生たちの考えを聴いてみたくなります。
おっと、考えていても仕方がないですね。
墳丘へ登って被葬者との対話を試みましょう。

なかなか草茫々チックだ。

被葬者さんが何か教えてくれないかな・・・

被葬者さん・・・

おそらくある種の「素材」は被葬者から私の脳内にダウンロードできたと思うので、今後は潜在意識が研究を続けてくれるはずです。
後方部から前方部。

後方部墳頂も草茫々。

しかし、興味深い古墳ですねえ。
古墳は本当に奥が深い・・・
この世は分からないことだらけだ。
さて、近くにもう一基古墳があるのでそれを見て姉崎古墳群はお終いにしましょう。
