2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。
当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。
基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。
※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。
※本記事は、2019年11月29日に投稿した記事です。
年月日()の探訪レポート
いつもは高速料金を節約するため、4時前には高尾山ICを通過するのですが、本日は下道で行くため、いつもよりゆっくりの5時の出発です。
今日は甲州も天気があまり良くないとのことですが、今日を逃すと他の日が取れない可能性が高いため、天気は気にせず歴史探訪を楽しんでこようと思います。
甲州へは国道20号線をひたすら走っていけば到着しますが、途中の看板に「大月~初狩間 29日正午復旧」というような表示があり、だとすると甲州街道は先日の台風のあと、まだ全通していないということですよね。
しまった。
台風襲来からかなり日が経っているため、そんなことは考えても見なかった。
まあとりあえず行きましょう。
大月まで来ると「迂回路は中央道」と書かれた看板が立っています。
地図で確認すると、下道で行くとしたら河口湖の方から回らなければならず、ちょっと遠いですね。
仕方がない、予想外の出費ですが、勝沼までの一区間だけ高速を使いましょう。
大月ICから入り、初狩PAで少し時間調整をして、再度出発。
雷電號で高速を走るのも今日が最後か・・・
ディーゼルターボはかなり馬力がありますよ。
多分、運転してみると分かりますが、コンパクトカーとは思えないはずです。
この車を失うのは本当に惜しい・・・
感傷に浸る暇もなく勝沼ICを出ます。
人間がいるゲートに行くのも久しぶりだな。
料金を払おうとしたら係の人に「今日は一日無料です」と言われました。
そっか、道路の場合も電車の振替輸送のようなことがあるんですね。
助かったー。
現金だと片道700円ですからかなり大きいです。
というわけで、最初にやってきたのは甲斐国分尼寺跡です。
時刻は7時15分。
特段、「駐車場」とは書いていませんが、それらしいスペースがあったので駐車して探訪を開始します。
大型はスペースが全部空いていれば止まれますが、ここにバスで来るのはきついかな。
説明板があります。

私は国分寺大好き人間ですが、既述した通り、甲斐はいつでも行けると思っていたため、今日は初めての探訪となります。
全体図を拡大。

では、いつものやり方と同じく、まずは北門か南門から抜けていったん外へ出ます。
今日は北門跡へ行きましょう。
形跡や説明は何もないですが、この辺が北門跡ですね。
ここからスタート。

この方向を見ると、国分尼寺の向こう側(南側)に国分僧寺があります。
草地に入り少し歩くと基壇のようなものがあり、礎石が並んでいます。

ここは講堂跡ですね。

説明板に書かれている通り、礎石が残っています。
この南側には金堂跡が展開しています。

こちらも説明板があります。

金堂跡も礎石の残りがいいですね。

金堂跡からさらに南側の僧房があったあたりは民家になっていて何か見れるものはないようです。
金堂跡から東側を眺めてみます。

天気が良ければきれいな紅葉が見られたでしょう。

それほど気温は低くないはずですが、やはり早朝は寒いですね。
でも、とりあえず雨が降っていなくてよかった。

北側の風景。

甲斐国分寺があった場所は甲府盆地の東側で、尼寺跡のすぐ北側には国道20号が東西に走っており、東原交差点から南下するとすぐこの場所に来れます。
笛吹川の本流は北西方面にあり、国分寺の西側にはその支流の金川が流れ、東側は同じく田垂(ただれ)川が流れており、大雑把に言うと、北・東・西は川で、南は山ですから、国分寺でありがちな四神思想に合う立地ではありませんね。

道路側に標柱があります。


ここに書かれている通り、尼寺跡は僧寺跡に比べて遺跡として分かっているものが少なく、こうやって礎石や基壇跡が確認できる場所は少ないですよ。
そういうこともあり、甲斐国分尼寺跡は貴重な存在です。
では普通ならこの次は僧寺跡へ行きますが、その前に古墳を一つ見ることにしましょう。
