2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。
当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。
基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。
※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。
※本記事は、年月日に投稿した記事です。
2020年6月14日(日)の探訪レポート
松戸街道に出て、いったん進行方向とは反対の南側へ行きます。
はい、ありました。
国府神社です。

国府神社は前回こちらに来た時には訪れていません。
「国府神社」という名前から存在は気になったのですが、台地上にある神社の入口が見当たらなかったので、「ま、いっか」と思って深く考えなかったのです。
でもせっかくなので今回は参拝します。

石段を少し登ると説明板が設置してありました。

ヤマトタケルが祀られているのが面白いですね。
と言っても、近くの東京低地部にはヤマトタケルの伝承が残っていて、浅草の鳥越では、ヤマトタケルが悪者を退治した話が伝わっています。

御神体がコウノトリのクチバシ!
私はヤマトタケルは4世紀に実在した複数の将軍たちの事跡が合わさってできた人物だと考えています。
ヤマト王権は軍事力ではなく交渉によって王権の仲間になる地方勢力(地方の「王」)を増やしていって、これを私はヤマト王権のフランチャイズ戦略と呼んでいるのですが、ヤマトタケルに集約された将軍たちは、ある種地方へ営業活動に行った営業マンで、彼らがヤマトのフランチャイズ加盟店を増やしていったと考えています。
そして、加盟店になった地方の王たちは前方後円墳の築造が可能になり、ヤマトタケルの伝承の北限はちょうど前方後円墳の築造の北限と合っています。
ヤマトタケルに集約される営業マンが最後に口説き落としたのが東海の王で、それにより前方後方墳の築造が停止すると考えています。
こういった話に興味がありましたら、ぜひ私の講座やツアーなどにいらしてくださいね。
あ、宣伝はこれくらいにして、拝殿へ行くにはもう一段上がらないとなりません。
ありました。


現在は周囲をビルなどに囲まれて眺望がまったく効きませんが、そういった人工物がなかった往時は海方向の見晴らしがよかったでしょうね。
では、つづいて下総総社跡へ行ってみましょう。
