【両面宿儺の故郷】10/9~11【3日間】飛騨の縄文と古墳 <第N次 AICT>

 

目次

講座概要

 飛騨地方は現在は岐阜県として旧美濃国と一緒になっていますが、律令時代には飛騨国という別の国で、それより前は斐陀国造の支配領域でした。

 地理的に見ると、飛騨国の中心地は美濃国よりも越中国に近く、縄文時代の遺物を見ても越中からの流れを認めることができます。では、美濃との関連はどうだったのか?それはこの現地講座で明らかになるでしょう。

 今回訪れる縄文遺跡の中には洞窟遺跡や岩陰遺跡もあり、縄文時代の遺物は各所で豊富に実見できます。そのため、特に縄文好きの方にお勧めの内容になっています。

 とはいえ、飛騨地方は意外と古墳も残っていて石室に入れる古墳もありますので、古墳が好きな方は、飛騨の古墳の石室構造について、その特徴を理解することができるでしょう。

 そして飛騨はあの両面宿儺(りょうめんすくな)で有名です。顔が2つ、手が4本、脚が4本の人物で、2つの顔は1つの頭部の前後にありました。日本書紀によると、仁徳天皇の時代に人民に危害を与えるとされ討伐されましたが、地元では英雄とする伝承もあります。

 なお、本コースは名古屋駅をスタートし、初日は西三河の豊田市から東美濃の恵那市・中津川市方面の石室墳や縄文遺跡を訪れます。公共交通機関では辿り着くことが困難な遺跡ばかりです。

 ※本現地講座を企画した段階では、各館の休館予定はチェックしていますが、もし臨時休館になってしまった場合は、他の箇所で代替させていただきます。

 ※各館に展示してある遺物に関しては、タイミングによっては他館へ貸出している可能性がありますが、その場合はご了承ください。

 ※本現地講座は自動車でめぐります。

 

本講座のテーマ

 AICTの掲げるテーマの内、本講座は主として「◎」に該当します。

旧石器時代日本人のルーツと列島文化の始まりを探る
縄文時代土器と土偶を楽しもう・列島各地の多様な縄文文化に触れる
弥生時代列島各地における国ぐにの発生と邪馬台国の謎を追う
古墳~飛鳥時代リアル日本書紀・ヤマト王権の確立と古代国家成立への軌跡を探る
古墳~飛鳥時代列島各地の古墳をめぐろう・諸国古墳探訪 飛騨編
奈良~平安リアル続日本紀・列島各地に残る律令国家を見る

 

開催日

2026年10月9日(金)~11日(日)に決めました(6月13日追記)

2026年10月9日(金)~11日(日)
あるいは
10月16日(金)~18日(日)
のいずれかでご都合の良い日をお知らせください(6月7日追記)。

 

集合場所と出発時刻

名古屋駅 中央コンコース 太閤通口側にある「銀時計」の前に9時30分
※構内図はこちらです。

 

昼食

探訪途中で自由昼食。

 

宿泊場所

1泊目(9月25日<金>):名鉄新可児駅/JR可児駅から徒歩圏でお取りください。例えば以下のホテルがあります。
・ホテルルートイン可児
・ABホテル可児(ABホテルは東海地方で勢力を張っているホテルチェーンです)
・ホテルシンセリティ
※徒歩圏と言いつつも駅から10分以上歩く場合や、徒歩圏のホテルが予約で一杯の場合は、車で10分程度の場所でしたら送迎します。

2泊目(9月26日<土>):JR高山駅から徒歩圏でお取りください。
※もし予約が一杯の場合は、車で10分程度の場所でしたら送迎します。

※高山の廉価なホテルは残り僅少なため、廉価な場所に泊まりたい場合は郊外のホテルを提案させていただきます。
※ちなみに稲用の感覚では素泊りで7000円程度であればお値打ちと考えていますが、1万円を超えると「高級ホテル」と位置付けており稲用は滅多に泊まりません(6月13日追記)

 

解散場所と帰着時刻

19時までには名古屋駅に戻ってきます。
※地元民のように駅の傍に路駐して機敏に降りていただくことも可能ですが、危険なため、駅から徒歩7分くらいのレンタカー屋にて解散予定です。

 

探訪箇所

※探訪順は変更になることがあります。
※以下の行程でパンパンなため追加リクエストは受け付けません。

 

【1日目】


① 豊田市博物館|愛知県豊田市

 少し前に調べた時は新たに建築中だったので完成したら行こうと思っていたらいつの間にかオープンしていました。
 常設展に旧石器時代から近代までの展示があり、地元で「縄文のビーナス」と呼ばれている今朝平遺跡出土の土偶も展示しています。敷地内に終末期円墳の樫尾1号墳が移築されています。

 

19m
② 池田1号墳|豊田市

 終末期に築造された径19mの円墳。2段築成で外護列石あり。三河最大級の全長12mの複室構造の横穴式石室を備え、石室に入ることができます。

 


③ 猿投神社|豊田市

 延喜式内社。仲哀天皇元年の創建と伝わり、祭神はヤマトタケルの双子の兄である大碓命です。大碓命はこの地に封ぜられ開発に勤しみ、地元の人たちに慕われましたが、猿投山の山中で毒蛇に嚙まれ亡くなってしまったと伝わっています(大碓命の墓も近くにありますが、AICT向けではないので行きません)。

 


④ 今朝平遺跡|豊田市

 縄文時代後~晩期の遺跡。環状配石遺構を2基検出しました。現地は特に何か見られるものがあるわけではありませんが、結構な山奥に所在し、その景観を見に行くのは大事です。出土した後期土偶は、既述した通り豊田市博物館の常設展示にあります。

 

8.5m
⑤ 久後古墳|岐阜県恵那市(以後はすべて岐阜県)

くごこふん。径8.5mの終末期円墳。昭和62年に復旧されました。南東側に開口する横穴式石室の現在の長さは6.3mで、玄室は胴張。開口しており、外から内部を覗くことができます。

 

11m
⑥ 徳平古墳|恵那市

とくだいらこふん。久後古墳の近くに所在する7世紀中頃に築造された径11mの円墳。南側に開口した全長5.4mの横穴式石室の玄室は、かなりの胴張。昭和30年の発掘調査により、少なくとも4人の埋葬があったことが分かっています。

 


⑦ 野尻遺跡|中津川市

 平面プランが方形の住居跡と石囲炉が検出され、縄文時代早期の押型文土器のほかに前期の諸磯式(関東の土器)と北白川式(関西の土器)が出土しました。つまりは、東西日本の代表的な前期土器が出土したわけで、この地は東西文化の結節点であったのです。

 

【2日目】 


⑧ 安久田地獄穴洞窟遺跡|郡上市

 「縄文鍾乳洞」という観光地になっています。縄文早期から弥生時代まで断続的に人が住んでいました。

 


⑨ 明宝歴史民俗資料館|郡上市

郡上市明宝気良154 0575-87-2119 10:00~16:00 水・木休館

 


⑩ 森本縄文遺跡|郡上市

 昭和3年と4年に調査が行われて遺物が収集され、昭和51年にも調査が行われ、その時は配石遺構が検出されましたが住居跡は見つかっていません。縄文時代後期から晩期の所産と考えられています。出土した石器の多くは下呂石を使用。現況はとくに何かあるわけではありませんが、説明板が設置されています。

 


⑪ 門端縄文遺跡|高山市

 縄文時代中期の住居跡が8棟検出されました。その中には大型住居跡があり、そこからは魚の絵の線刻のある石が出土しました。

 


⑫ 飛騨みやがわ考古民俗館|飛騨市

 飛騨の遺跡から出土した旧石器時代や縄文時代の遺物を展示。通常の開館日がかなり限られているので、「無人開館日」に該当する日を事前予約して見学します。この現地講座を企画した時点では、探訪する日は「無人開館日」となっていますが、急遽変更になることもあるそうなので、そうなった場合は見学できません(少ないスタッフで回しており運営に苦労しているようです)。

 飛騨市宮川町塩屋104 9:00~17:00(16:30)

 


⑬ 堂ノ前遺跡|飛騨市

 「発掘された日本列島2026」の展示の目玉の一つになっている縄文中期の土器が出土した遺跡です(文化庁のこちらのページを参照)。
 現地には特に何もなく、標柱すら立っていませんが、「あーここかー」と感慨を深めに行きましょう。

 


⑭ 御番屋敷先史時代住居跡|飛騨市

 縄文時代中期後半を主体とした集落跡。関東地方の加曽利E式と似た土器が出ています。発見された7軒の住居跡のうち1軒が発堀調査され、平面形はほぼ円形で、側壁に沿って9個の柱穴が掘られ、ほば中央には方形石囲炉が設けられていました。現地には説明板があるのみです。

 

20m
⑮ 大洞平1号墳|飛騨市

 森林公園内に所在。7世紀前半に築造された径20mの円墳で2段築成。南東側に開口する両袖式の横穴式石室を備え、全長は11.4mあります。副葬品は知られていません。

 


⑯ 大洞平2号墳|飛騨市

 1号墳の南西側に並ぶように築造されていますが、こちらは後期の方墳です。

 

61.9m(70m説あり)
⑰ 亀塚古墳跡|高山市

 420年頃に築造された2段築成の円墳。大正7年の運動場拡張工事のために完全に削平されていますが、何と径が61.9mもあったのです(70m説もある)。飛騨にこのように大きな古墳があったのは驚きで、土の量からしたら前方後円墳のこう峠口古墳を上回りそうです。高山市立国府小学校内に説明板が立っています。

 地元には、両面宿儺の墓と考える研究者もいます。

こくふ交流センターにて撮影

 


⑱ こくふ交流センター|高山市

 ロビーに亀塚古墳出土の甲冑などを展示しています。見る人が見ると驚くと思いますが、革ひもとじの甲冑一式がすべて揃って出土しました。物凄いことです。

 高山市国府町広瀬町880-1 0577-72-4480 9:00~21:30

 

【3日目】

72.7m
⑲ こう峠口古墳|高山市

 今回の旅で唯一見学する前方後円墳です。6世紀後葉の築造。流紋岩によって構築された横穴式石室の全長は14.8mもあり中部地方では最大級です。江戸時代にはすでに盗掘を受けており、出土遺物はほとんど知られていないようです。石室に入れます。

 

 


⑳ 高野水上古墳|飛騨市

 


㉑ 高野光泉寺円墳|飛騨市

 


㉒ 根方岩陰遺跡|高山市

 縄文時代の岩陰遺跡。とくに、早期・前期の遺構の状態が良く、層位が明確で飛騨の縄文研究の進歩に大きく寄与しました。
 ちなみに住所は「丹生川町」です。

 

20m
㉓ 冬頭王塚古墳|高山市

 ふいとうおうづかこふん。5世紀中頃に築造された径20mの円墳で2段築成。北西から南東方向の2基の竪穴式石室(石槨?)を並置。西側の1号石室の遺体は18~19歳の人物で北枕で安置、東側の2号石室の遺体は成人以上の人物で南枕でした。互い違いというのが面白いですね。2号石室の被葬者の遺体上部には直弧文鹿装鉄剣がありました。これは非常に貴重なもので、もの凄く見たいですが公開はされていないようです。

 


㉔ 赤保木古墳群|高山市

 赤保木古墳群には元々は9基の古墳があり、地元では「九ッ塚」と呼ばれていましたが、明治末期に2基が消滅しことが分かっており、現在は古墳公園内に5基の古墳が残されています。
 大正2年に土採りのために破壊された6号墳からは、環頭太刀1、直刀4、曲玉10、管玉12、小豆玉12、丸玉1、金環7、鉄鏃50が出土しました。
 従来、高山盆地最古の古墳は、上述した冬頭王塚古墳とされてきましたが、平成4年に古墳公園整備に伴い5号墳を発掘調査したところ、竪穴式石室が見つかり、5世紀の古墳であることが判明しました。冬頭王塚古墳との前後関係の解明が課題となっています。

4号墳

 


㉕ 高山市風土記の丘学習センター|高山市

 沢山の考古遺物を展示していますが、写真撮影はNGです。

 


㉖ 赤保木石器時代火炉|高山市

 不思議な名前が付いていますが、縄文時代中期後半の住居跡1棟、弥生時代中期後半から後期初頭の住居跡2棟、それに6世紀の住居跡1棟などが検出されています。
 昭和29年に、縄文中期後半の住居跡からそれまで知られていた普通の石囲炉跡とは異なる舟形の炉が2基発見されました。それがセンセーショナルだったため史跡名になったようです。その建物跡からは柱穴や側壁の形跡は見つからず、どのような屋根の構造だったのかは現地の復元を見てみましょう。

 

これは珍しい!

 


㉗ 堂之上遺跡|高山市

 


㉘ 久々野歴史民俗資料館|高山市

 


㉙ 峰一合遺跡|下呂市

 昭和41年から45年にかけて発掘調査がされました。縄文公園として整備され、竪穴住居が3棟復元されています。

 


㉚ 下呂ふるさと歴史記念館|下呂市

 当初は峰一合遺跡の調査成果公開の機関として、1972年5月1日に「中部山岳考古館」という名称で開館し、1985年の「峰一合遺跡考古館」への改名を経て、1995年に現在の名称となり、2012年3月20日にリニューアルオープンし、下呂市内の考古・歴史資料を総合的に展示しています。
 古代の展示に関しては、設立の経緯もあって峰一合遺跡の出土遺物を中心に、縄文、弥生、律令時代の展示があります。

 下呂市森1808-37 0576-25-4174 9:30~17:00(16:30)(冬季は閉館が30分早い) 月曜休館

 


㉛ 岩屋岩蔭遺跡|下呂市

 縄文時代早期と弥生時代の岩陰遺跡。縄文早期の押型文土器が出土しました。岩陰内に岩屋神社が鎮座。源義平(頼朝の長兄)のヒヒ退治伝説が残ります。

 ※本遺跡到着予定時刻は17時に近いため、照度が低くて見学が困難になる可能性がありますが、ご了承ください。

 

参加費

参加人数が2人の場合は、お一人様59,000円
参加人数が3~4人の場合は、お一人様54,000円
参加人数が5人の場合、お一人様49,000円

   

キャンセル料と発生時期

キャンセル料は、開催一か月前に発生し、29,500円です。
※前日・当日のキャンセル料は、59,000円です。

 

催行人員

最少は2名様、最大は5名様。

 

参加予定メンバー(6月13日現在)

・MTさん

以上、男性1名様(あと1名様のお申込みで催行決定です)。

 

 

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