※本現地講座は無事終了しました。本ページでは、現地講座の開催内容を振り返ってご報告します。
講座概要
たまには中世の山城跡はいかがですか?
関東の戦国時代を語るうえで外すことのできない国史跡・岩櫃城跡と続100名城で県史跡の名胡桃城跡を訪れます。
この2カ所に時間を割き、もし時間が余った場合は、周囲には古墳や縄文遺跡が多数ありますので、それらを訪れます。
城が好きな方の参加をお待ちしております。
※本現地講座を企画した段階では、各館の休館予定はチェックしていますが、もし臨時休館になってしまった場合は、他の箇所で代替させていただきます。
※各館に展示してある遺物に関しては、タイミングによっては他館へ貸出している可能性がありますが、その場合はご了承ください。
※本現地講座は自動車を使用します。
本講座のテーマ
AICTの掲げるテーマの内、本講座は主として「◎」に該当します。
| 旧石器時代 | 日本人のルーツと列島文化の始まりを探る | |
| ◎ | 縄文時代 | 土器と土偶を楽しもう・列島各地の多様な縄文文化に触れる |
| 弥生時代 | 列島各地における国ぐにの発生と邪馬台国の謎を追う | |
| 古墳~飛鳥時代 | リアル日本書紀・ヤマト王権の確立と古代国家成立への軌跡を探る | |
| ◎ | 古墳~飛鳥時代 | 列島各地の古墳をめぐろう・諸国古墳探訪 上毛野編 |
| 奈良~平安 | リアル続日本紀・列島各地に残る律令国家を見る | |
| ◎ | 中近世 | 城郭 |
開催日
2026年9月26日(土)
参加メンバー
皆さま、ご参加ありがとうございました。
・良おじさん
・勝衛さん
・猫さん
・おからさん
・ささきさん
以上、男性3名様、女性2名様、合計5名様。
探訪レポート
天候は生憎の雨。
傘を差しながら山城跡へ登るのはよっぽど好きじゃないとできないことですね。
ただ、雨が降っている方が城内の敵は油断しているので、攻めやすいことは確かです。
勝利疑い無し!
今日は9時半に高崎駅西口のロータリーに集合です。
私は高崎へ行くときは八高線で行きます。
集合1時間前には到着するように、高尾5時54分の中央線に乗り込み、八王子で八高線に乗り換え、8時半に高崎に着きました。
八高線は八王子と高崎を結ぶ意味でネーミングされていますが、実際には直通列車は無く、八王子を出ると高麗川で乗り換えになります。
八王子から川越までは直通列車があるため、八高線とは言うものの実質的には八王子と川越を結ぶ線になっているのです。
高麗川から先は、高崎駅の1駅手前の倉賀野駅までは非電化区間で、つい最近まで気動車のキハ110系が走っていました。

でも、昨年(2025年)12月にハイブリッド気動車のHB-E220系が運用を開始し、八高線からキハ110系は退役してしまいました。
最近のJR東日本の車両の外観はあまり好みでは無いのですが、HB-E220系はそこそこカッコ良いと思うし、車内も快適でした。

我が家から高崎は2時間半ちょいで行けるので、私の感覚では高崎は近場です。
おっと、ちょうど両毛線の211系がやってきました。

この211系もそう長くないと考えられており、中央本線の211系はそろそろE131系との置き換えが始まります。
いつでも見れる、いつでも乗れると思っていると、気づいたときにはいなくなっているかもしれないので油断してはいけませんよ。
さて、皆さんお集まりいただけたので出発しましょう。
なお、余談ですが、上述のキハ110系は車体長が20ⅿあり、それの短い版の車体長16ⅿのキハ100系というのがあって、先日の播磨の現地講座の開催レポートで述べた北条鉄道が、現行3両走っているフラワ2000形の置き換えとして来年(令和9年)に導入するとのことです。
キハ110系やキハ100系は列島各地で大活躍した列車ですが、ここ最近、どんどんいなくなっています。でも、北条鉄道の例のようにまだまだ活躍する路線もありますので、乗る機会もあると思います。

① 沼田市歴史資料館|沼田市
沼田市下之町888(テラス沼田2階) 0278-23-7565 9:30 ~ 17:00 水曜休館
沼田市の歴史について総合的に解説した資料館で、市役所も入っている複合施設の「テラス沼田」の2階にあります。
駐車場はテラス沼田南側の国道120号線を挟んだ向かいに「沼田市下之町駐車場」があって、歴史資料館を見学する際は2時間まで無料で利用できます。
縄文の展示も少しあって、土器は関東の土器がメインですが、新潟の土器も混ざっています。
群馬県内の出土としては珍しい三角壔形土製品も展示しています。
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北陸地方でよく見られるものなので、新潟から山を越えてやってきたのでしょう。
文化が交わる場所って面白いですね。
現代では車を飛ばせば、沼田から新潟の十日町などへはすぐ行けます。
ランチ:蕎麦 とやま

私はざる蕎麦の大盛りを頼みました。

写真だと伝わらないと思いますが盛りが凄かった!
ミニかき揚げも付いていますよ。
地元の方々に愛されているお店のようで、私たちは11時ちょっと過ぎに入りましたが、そのあと少しして店内は満席になりました。
お店の方々も感じが良くて、会計を済ませた際に女将さんが丁寧にお辞儀をしました。
とかく、忙しいと会計は雑になりがちで、「ありがとう」もろくに言わないお店もある中、お客さんにきちんと礼を尽くすという姿勢が地元の方々から愛される理由の一つではないかと思いました。

② 沼田城跡|沼田市
沼田市西倉内町594(沼田公園)
「日本一の河岸段丘」と言われる利根川のダイナミックな河岸段丘上に立地。
今は普通の公園のような感じですが、見どころは近世初頭の真田時代の石垣と石段です。

続100名城スタンプは、城内の沼田市観光案内所にあります。

③ 名胡桃城跡|みなかみ町
みなかみ町下津3462-2
般若郭跡に駐車場があり、迷わず到着できます。
駐車場近くの名胡桃城址案内所にはパンフレット類や続100名城スタンプが置いてあり、名胡桃城に関する8分間のヴィデオが見られます。

ガイドボランティアの方もいるので、ガイドをお願いするのも良いかと思います。
ただし、私が「30分でお願いできますか?」と尋ねたら「それだと行って帰ってくるだけになります」と難色を示したので頼むのをやめました。
多分、説明したいことが沢山あるんでしょう。
私もその気持ちは良く分かりますが、私たちプロの場合は、「30分で!」と言われたら30分でやります。
自分がやりたいことや話したいことを優先するのではなく、お客様の要望に応えるのがプロです。
プロと比較するのは酷なことかもしれませんが、ボランティアであってもその辺を考えていただけるとお客さんも喜ぶかと思います。
さて、名胡桃城は奇麗に整備されたコンパクトな城で、雨の日でも楽々見学できました。

城としての造りは特筆することはそれほどないですし、小さな城なのですが、発掘調査の結果、3期に分けて考えられています。
二郭から三郭に出た場所と三郭から外郭に出た場所に武田特有の丸馬出を検出しています。今は埋められていますが、二郭から三郭に出た場所は、地表面に三日月堀の表示があります。

また、『関東の名城を歩く 北関東編』では、いま二郭とされている場所が主郭ではないかとの考えを述べています。
このような地味な城がなぜ有名なのかと言うと、「名胡桃事件」の現場として史的に重要な城だからです。
「名胡桃事件」とは、戦国末期、迫りくる豊臣政権の圧力に負けた小田原北条氏が豊臣と外交交渉を行う中で、北条方の沼田城の猪俣邦憲が別勢力であった真田氏の名胡桃城を攻め落としてしまいました。
その時点ではすでに豊臣政権は「惣無事令」を全国の大名に出しており、私戦は禁じられていました。
それを北条が破ってしまったため、秀吉が「激おこ」になって、小田原城が攻められるきっかけを作ったと「される」事件です。
ちなみに、「惣無事令」を破った戦国大名や国衆はいくつもいますが、情状酌量になったり不問に付せられた人もいます。
結局は、秀吉に「好かれるか嫌われるか」、それが基準で、それが君主としての秀吉の「中世らしさ」でした。
なお、終日雨だった今回の旅では遺跡で出会った人はここですれ違った親子連れだけでした。
私は名胡桃城跡には初めて来ましたが、小さい城ながらも工夫して整備や復元をしているので、それをきちんと説明したいガイドさんの気持ちがよく分かりました。やはり、最低1時間は欲しいと思うでしょう。

④ 中山敷石住居跡|高山村
高山村中山
GoogleMapにも場所がプロットされているので、それを見て行けば迷わずにたどり着けるでしょう。
一応細かく述べますと、南北方向の道(国道でも県道でもない)から東へ入っていく細い道があってT字路になっており、その西側に「中山敷石住居跡」の小さな標識があるため、それを見つけられればもう到着したも同然です。東西方向の細い道に入るとすぐに右手に「星野酒店」が現れ、そこから100メートルくらい先にも遺跡を示す小さな標識があり、そこを左折するとすぐ左手にあります。

ただし駐車場はなく、敷石住居跡の前はすれ違い不可能な道ですし、ここまで入ってしまうと今度は出るのが大変です。また、既述した星野酒店のある東西方向の道も路駐できるほどの幅はありません。そのため、この道に入ったすぐの場所に停めて、短時間で見学するのが最上だと思います。もちろん、見学中に車が来たら速やかに自分の車をどかしましょう。

さて、遺跡自体は縄文時代中期後半から後期前半に造られた敷石住居跡で、柄鏡形を呈しており東京都あきる野市の前田耕地遺跡例と似て、柄の部分にくびれがあります。

中央に石組炉がありますね。
周囲では土器片の散布が見られるそうなので、集落を形成していた中の1 軒と考えられています。
詳しい説明の書かれた古い説明板はもう読めなくなっていました。


⑤ 樋塚古墳(15.3ⅿ)|中之条町
中之条町平
国道145号線北側に所在し、車で走っていてもすぐに見つけられます。ただし、駐車場は無く、国道沿いには路駐する余地はないので、国道から外れた道に近隣の迷惑にならないように停めるのが良いでしょう。

6世紀前半の築造で2段築成。

横穴式石室は珍しく北西側に開口しており、上の写真の反対側になります。
土砂で埋まっており入室は困難。

無袖式の横穴式石室だそうですが、カメラを突っ込んで撮っても上手く撮れませんでした。

もうちょっと頑張れば奥壁まで撮れたかもしれないですが、コンディションが悪いとあんまり頑張る気にならないですね。

⑥ 小塚古墳(12ⅿ)|中之条町
中之条町横尾寺
径12ⅿの可愛らしい古墳。

築造時期は不明ですが、横穴式石室を内蔵しているため、後期以降であることは間違いないでしょう。

横穴式石室は東南側に開口しており、入室可能です。

ただし、民家に隣接しているので、見学する際には迷惑が掛からないように注意しましょう。
奥行きは現状で4.5ⅿ、無袖です。

腰を屈めれば中に入れます。

玄室の天井は羨道の天井よりも気持ち高くなっています。

外にいるメンバー。

意外と快適な物件でした。
墳丘上には庚申塔が建っています。


⑦ 郷原遺跡|東吾妻町
東吾妻町郷原(郷原駅前)
縄文時代後期の集落跡で、郷原駅の西方50m地点で道路工事中に有名な国重文のハート形土偶が出土しました。

とくに目で見られる物はなく、駅前に説明板が立っています。

私のような土偶好きの人からするとここは「聖地」ですね。

⑧ 岩櫃城跡|東吾妻町
東吾妻町原町1965-2(平沢登山口観光案内所)
本格的な山城で、真田氏が上田に遷る前に拠点にしていました。
案内所の直ぐ近くに大きな駐車場があり、そこからは歩いて登るわけですが、さすがに傘をさして登る山城ではありませんね。
それでも、17分ほどかけて本丸に到達しましたが、後半は雨だとちょっと大変です。
晴れの場合、慣れている人なら10分で登れますから、本丸へ行く分には大して大変ではありません。
今回は天候上の理由で本丸奥の岩櫃山に近づくのは断念しましたが、岩櫃山の登山はうってかわって、それなりの山登りになるようです。
遺構の見どころは、本丸とその東側の郭の間にある折れのある堀です。

竪堀も掘られていますので、遺構をきちんと見たい場合はもう少し季節をずらして来た方が良いでしょう。
なお、今回めぐった各遺跡ではヤマビルに遭遇しませんでした。
また、どの場所に行ってもツキノワグマの目撃情報を聴きますが、過度に恐れず、だからと言って油断はせず、彼らの生態をよく考えたうえで行動するようにしましょう。

⑨ 中之条町歴史と民俗の博物館 ミュゼ|中之条町
中之条町947-1 0279-75-1922 9:00 ~ 17:00 木曜休館

中之条町内の遺跡から出土した遺物や民俗資料を展示しています。
本館の建物は、明治18年に旧吾妻第三小学校として建てられた県の重要文化財です。
縄文コーナーには郷原土偶のレプリカを展示。

新しい時代や民俗展示も豊富で、見ごたえのある施設です。
解散
高崎に戻ったら駅前の居酒屋で打ち上げです。
群馬の日本酒を2種類飲みましたが、先日の播磨の酒よりもこちらの酒の方が断然好みです。
やっぱり私は坂東の男なんだな。
1時間半くらいで解散。
そして帰りも八高線に乗って帰ります。


2026年9月26日(土)参加したいです。
参加でお願いします
ささき眞さん
参加申込みありがとうございます。
よろしくお願いいたします。