2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。
当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。
基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。
※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。
※本記事は、2020年11月30日に投稿した記事です。
2013年5月5日(日)の探訪レポート
⇒ 【gooブログから】井出二子山古墳/保渡田古墳群および伝箕輪城主長野業盛之墓|群馬県高崎市 ~太田天神山の次代における上毛野の覇者の墳墓~【八高線に乗って初めての高崎遺跡めぐり③】
時刻は14時55分。
バスの時刻は16時58分ですが、私は博物館や資料館に行くとかなり時間を使うので、保渡田八幡塚古墳は30分くらいで見学してしまいましょう。
さて、保渡田八幡塚古墳は5世紀後半に築造された当時のように葺石で覆われ、埴輪も並べられています。

前方部の向きはほぼ南です。

南側には説明板があるので、ここで概要を知ることができます。

墳丘の長さは96m、外周溝までを含めた墓域の全長は190mということで、さきほど見た井出二子山古墳よりほんの少し小さいですね。

それでは古墳に乗りこんでみましょうか!

と、意気込んですぐに、目立たないところに遺構が・・・
古墳のもっとも外側はこの細い溝です。

この外周溝の内側には外堤があり、その上にはパンキッシュなヘアースタイルの盾持ち人埴輪がいて侵入者を威嚇しています。

外堤に立って古墳を眺めます。

外堀も広いですね。

外堀を越えて内堤に立つと、埴輪群像が再現されています。

実際のここでの発掘成果をもとに模造品の埴輪を立て並べており、総勢54体の埴輪は数体ずつユニットになり、被葬者の生前の7つの「思い出のシーン」を表現しているそうです。

※後日註:この埴輪群像のもっと大きなものが大阪府高槻市の今城塚古墳(被葬者は継体天皇)にあり、2019年1月4日に訪れてきました。


※今城塚の方の復元埴輪には彩色が施されておらず、保渡田八幡塚のように例え赤一色でも彩色されている方がヴィジュアル的に美しいように思います。
内堀の芝生の上ではシートを広げてピクニックをしている家族連れもいますよ。

保渡田八幡塚古墳は三段築成です。

葺石についての説明があります。
葺石を設置するにあたり、一定間隔で縦の列を作ってから、その間を埋めるように工事をしていたと考えられているそうで、作業者の担当範囲を示していると考えられているようです。

※後日註:この探訪の後、列島各地の古墳を訪れていますが、この縦列を作ってからというやり方は全国各地で見られることを確認しています。
カッコいい!
軍艦みたいですね。

内堀を歩いて、少し違う角度から見てみましょう。

墳丘には結構たくさんの人がいますね。

後円部側に回ってきました。

中島を見てみましょう。

さきほど見た井出二子山古墳の中島と違って、こちらは2段築成でなおかつ埴輪列まで復元されていますね。
でも、この中島の用途は不明なんです。

困ったときの必殺技「祭祀」!
しかし良い眺めだ・・・。
内堀の中をぐるっと一回りしてきたので、つづいて墳丘に登ってみます。

最上段で後円部を見ます。

後円部の墳頂から前方部の最上段にかけて段差が無く繋がっているのは後期古墳の特徴ですね。

保渡田古墳群の大型前方後円墳3基は、5世紀の後半に造られているため、中期にするか後期にするか迷うところではありますが・・・

後円部の墳頂に来ると、なにやら地下に降りる階段があります。
降りてみます・・・
おー!
石棺だ!

この「本物」の舟形石棺(部分復元)は、全長2.8m、全幅1.2mです。
これは凄いねえ。
保渡田八幡塚古墳は整備される前は墳丘がかなり破壊されていたのですが、幸いなことに石棺の位置は現位置を保っており、それを上手に利用してこのような展示施設を造りました。

※後日註:この探訪の後、列島各地の古墳を見ていますが、竪穴系の主体部の「本物」がこのようにみられる施設は全国的に見ても稀有な存在です。
しばし石棺を眺めた後は、また墳頂に戻ります。

墳頂からは井出二子山古墳が望めます。


また、北西方向にはこんもりとした森があり、あそこが薬師塚古墳だと思われます。

薬師塚古墳も見学してみたいですが、微妙に時間が・・・。
やはり、博物館の見学がおろそかになってしまうと不味いので、今日は残念ですが、薬師塚古墳の見学は諦めて、かみつけの里博物館へ行ってみましょう。

入館料200円を払って中に入ると、まずは昼過ぎから歩きまわって喉が渇いているので、自販機でひゃっこいコーラを購入して一気に飲みます。
ひやー、うまい。
一息付いたら、早速見学です。
なお、かみつけの里博物館は写真撮影NGということでしたので、写真はないです。
※後日註:この探訪から4年後に再訪した時は、写真撮影OKとなっていました。
展示室に入ると、中央に5世紀の榛名山東南麓(このあたりの地域)の復元模型があります。
かなり精緻なもので、見ごたえがあります。
右手に行くと、三ツ寺Ⅰ遺跡についての展示があり、出土品もあります。
三ツ寺Ⅰ遺跡は、保渡田古墳群とともに、この博物館の売りですね。
その横にはこの地域の歴史について知ることができる解説シートが置かれており、ノートを取りながら熟読します。
あとはやはり目玉といったら埴輪でしょう。
八幡塚古墳出土の埴輪を始めとして、色々な埴輪が展示してあります。
私は人物埴輪を見ると、どうも自分に良く似た顔をしているなあと思うのですが、こうして改めて色々な埴輪の顔を見てみると、皆きちんと個性が有って斉一ではないんですね。
さて、展示室はそんなに広くはないですが、結局私は1時間以上見ていました。
こんなに長居する見学者もあまりいないと思うので、係りの人も不審に思ったかもしれませんね。
そして博物館や資料館を訪れたときは見学と並んで資料購入も楽しみです。
かみつけの里博物館にも面白そうな資料が沢山ある!
4冊も買ってしまいました。
さらに文房具や小物などのオリジナルグッズも売っていたので、娘にお土産として古墳の絵の描かれたバンドエイドを買いました。
古代の呪術パワーで傷も早く治るらしいです(推測)。
お土産を買い終わると16時半になっていました。
博物館は17時までやっていますが、あんまり長居して気持ち悪がられると嫌なのでバス停に向かいます。
かみつけの里博物館からバス停までは徒歩10分くらいなので、20分も余ってしまいました。
これなら薬師塚古墳も行けたかな・・・
いや、微妙だな。
そんなことを思いながらバスを待ち、ようやくバスが来ると高崎駅まで戻ります(帰りのバスは「系統番号6」です)。
電車は18時7分で、30分以上時間があるので、高崎駅にくっついているお土産屋さんで家族へのお土産を選びます。
また、このお土産屋さんが凄い人だ!
高崎って活気がありますね。
品ぞろえも豊富で、何を買うか迷います。
結局、ご飯に乗せて食べる味噌(大根の刻んだのが入っている)と、上州らしくコンニャクでできた栗ようかんを買いました。
(その後、味噌は特に娘に大好評で、あっという間に無くなりました。)
さて、夕飯時なので駅弁でも買って車内で食べて帰ろうかなと思いますが、もしかすると車内は駅弁を食べるような環境ではないかもしれないので止めておきます。
案の定、電車に乗り込むと、八高線は結構人が乗っていて、お弁当を食べるような雰囲気ではありませんでした。
でもビールは飲みます。
一日歩いた後のビールは旨いねえ。
途中、高麗川で乗り換えて八王子に近づくと、段々カレーが食べたくなってきました。
そうだ!
ココイチのハンバーグカレーを食べよう!
八王子で中央線に乗り換えると、西八王子で途中下車し、ココイチに行って大好物のハンバーグカレーを食べます。
うまー。
というわけで、今日の活動を振りかえりますと、3時間かけて電車で高崎に行って、まずは最初期の前方後方墳である元島名将軍塚古墳を訪れ、次に近世城郭である高崎城跡を見学し、お昼は城の近くの「ひゃくはち」で美味しいつけ蕎麦を食べ、天華堂書店で『続・群馬の古城』を購入、それから保渡田古墳群を見る前に伝長野業盛の墓を詣で、井出二子山古墳、ついで保渡田八幡塚古墳を見て、最後にかみつけの里博物館を見学し、帰宅途中にココイチでカレーを食べたということになります。
6時から稼働し、帰宅は22時前で、充実した一日でした。
あー、面白かった!
