【gooブログから】亀ケ森古墳および鎮守森古墳|福島県会津坂下町 【福島・思い付き古代史探訪 その1】

 2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。

 当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。

 基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。

 ※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。

 ※本記事は、2019年5月6日に投稿した記事です。


2019年5月6日(月)の探訪レポート

 高速道路へ朝の4時までに侵入すると深夜割引が適用されます。

 今日はそもそもが祝日なので休日割引が適用されるのですが、さらにもう少し安くなります。

 3時40分、雷電號始動。

 まずはいつもの通り、圏央道に乗ります。

 この時間帯は普段はトラックがたくさん走っていますが、今日は少ないです。

 GW期間だからでしょうか。

 東北道へ入るころには空もだいぶ明るくなり、5時半ちょうどに福島県に入りました。

 いよいよ奥州ですね。

 それにしても東北道は適度なカーヴも多くあって、走っていて楽しいです。

 早朝なので誰にも邪魔されない。

 あ、ところで今日は会津へ向かっていますよ。

 今日は会津と郡山を探訪しようと思っており、会津と郡山にはそれぞれ以前から気になっている古墳があります。

 今日は仕事じゃないためのんびり探訪しようと思い、以前から気になっている古墳が見られればあとは適当でいいかなというスタンスです。

 郡山JCTから磐越道に入り、しばらく走っていると右手に磐梯山が美しい姿を現しました。

 運転中は危ないので写真は撮っちゃだめですよ。

 

 磐梯山というとどうしても、子供の頃のテレヴィCMで良く聴いた「会津磐梯山はー」という民謡が頭の中に鳴り響きます。

 当然、あの謡い手さんの声で。

 そのため、ついあの民謡を口ずさみながら操縦してしまいますが、会津を自分の運転で走るのは生まれて初めてです。

 会津に来ること自体、今日はまだ3度目なのですが、初めて来たのが24歳のときで、そのとき鶴ヶ城を探訪したことがきっかけとなり、私は城マニアになりました。

 その翌年も来ているのですが、それ以来なので実に22年ぶりですね。

 今日は城マニアになった、ある意味で現在のツアーの仕事の原点ともいえる思い出の場所へ、城ではなく古墳を見るために向かっています。

 そろそろトイレに行きたいので、本日初の休憩を取りますよ。

 磐梯山の駅家(SA)へ寄ります。

 磐梯山が綺麗に見られるかなと期待しましたが、下り側の場合は駐車場からは見えないんですね。

 でも駐車場の隅にある展望所からは見えました。

 

 いいですねえ。

 ところで今、時刻は6時20分ですので、ここまで2時間40分ほどで来てしまいました。

 道が空いていれば会津くらいは近い近い。

 今日はろくな準備もせずに幕府を飛び出してきたため、持ってきた資料を参照しながらここで本日の計画を練ります。

 せっかく駅家に居るのでここで朝飯を食べたいですが、お店のオープンは7時です。

 時間がもったいないので先へ行きましょう。

 再び走り出してすぐ、会津若松の関所で磐越道を降ります。

 高尾山の関所からここまで5,500円でした。

 長時間の運転はそれほど苦にはならないのですが、これくらいの長時間ドライヴとなると、やはり隣に誰か乗せて走りたいなあと、少し寂しい気持ちになるのも事実です。

 下道に降り、少しの間走って本日最初の探訪地に到着。

 会津坂下町の亀ヶ森古墳と鎮守森古墳です!

 狭い路地を抜けて古墳の前に来ると、駐車スペースは1台分くらいしかありませんが、そこにすでに車があります。

 珍しいこともあるなあと思って横を見ると、説明板を読んでいる方がいます。

 まだ7時半ですよ。

 初めは地元の方が朝の散歩のついでに寄っているのかなと思いましたが、駐車スペースに車がありますから、おそらく他所から来た方でしょう。

 とりあえず路駐して、説明板を読んでいる方にご挨拶します。

 すると、「古墳とか好きなんですか?」と尋ねられたので、「一応、歴史関連の仕事をしています」と答えると、なんとその方は、私も何度かクラツーでお客様をお連れしている東北の某遺跡で発掘調査をされている方でした。

 そしてさらに驚いたことに、その方はこの10連休を利用して、東北を出発し、北陸と関西の遺跡を見て、今日地元に帰って明日は仕事だそうなのです。

 しかもマイカーでの一人旅ですよ。

 10日連続での探訪は私も30代前半の頃やったことがありますが、その時は友人が運転してくれたり公共交通機関を使ったりだったのにも関わらずすごく疲れました。

 いやー、ストイックですねー。

 私は本日初めてこの地へやってきてまったく土地勘がないので、持参した書籍に掲載されている地図をお見せしながら、この近辺にお勧めの古墳があるかどうか尋ねます。

 その方も会津は地元ではないのですが、東北に関しては私よりもはるかに知識があるため、福島のみならず宮城や山形、そして北陸のお勧め遺跡をたくさん教えてくださいます。

 当然、聴いたことはすべてメモリます!

 私は今度、福島や宮城などの東北のツアーをさらにパワーアップしようと目論んでいるので、物凄く参考になるし、しかも楽しい。

 話していると向こうから猫ちんがテクテクとやってきました。

 

 馴れ馴れしくて可愛い。

 

 多分、私たちが楽しそうに話しているのを遠くから見て、混ぜてもらいたくて来たのかと思いますが、歴史の話だったのでつまらなかったのでしょう。

 猫ちんはトボトボと向かいのお宅の敷地内に消えていきました。

 気づけば立ち話を始めて1時間。

 しかしこんな場所で会うのも面白い縁ですね。

 その方もこの後の予定もありますので、私も古墳を見に行くことにします。

 では改めまして。

 

 このように古墳時代前期の前方後円墳と前方後方墳が並んで築造されているのです。

 

 前方後方墳マニアである私にとっては鎮守森古墳は非常に興味深いですし、亀ヶ森古墳は東北で2番目の大きさの古墳ですから、会津に来たらこれらの古墳は絶対に見ておきたいと思っていたわけです。

 ではまず、亀ヶ森古墳へ登ります。

 観音堂の説明板。

 

 墳頂に登ると、寺社の建物が2棟建っています。

 こちらが先ほどの説明板に書かれていた観音堂ですね。

 

 

 こちらは稲荷神社です。

 

 

 説明板もありますよ。

 

 この寺社がある場所は後円部の墳頂です。

 では前方部はどうなっているのかというと・・・

 説明板に書かれている通り、古墳時代前期特有の低い前方部の上が墓地になっているが後円部墳頂から見下ろせます。

 

 昔は王の墓地で、いまは庶民の墓地です。

 ただこれは、ある種地域の方々がこの古墳の被葬者を擬制的な先祖だと考えていることが無意識的に働いている可能性がありますよ。

 では、墳丘から降ります。

 亀ヶ森古墳全景。

 

 こちらは鎮守森古墳。

 

 後方部をこちらへ向けています。

 今度は亀ヶ森古墳の横腹。

 

 亀ヶ森古墳の周溝跡。

 

 では鎮守森古墳の墳丘に取り付きますよ。

 前方部から後方部を見ます。

 

 なんか、今日は古墳に来ていますが、東北地方のこういう場所を歩いていると、昔の館跡歩きをしていた頃を思い出します。

 ワクワク感はあの頃も今も同じ。

 墳頂には八幡様が祀られています。

 

 今は一人の場合は歌を歌ったり、独り言を発したり、あるいは奇声を発しながら歩いているので、これはこれで立派な不審者です。

 下を見下ろすと、一部分は水が湧いているのか、池のようになっています。

 

 後方部の角はエッヂか効いていていいですねえ。

 

 前方後円墳の場合は、「後円」なわけなので当然ながら角はありませんが、前方後方墳の場合は「後方」ですから、角がよりシャープな方がカッコいいのです。

 ただし、前方後方墳はくびれがあまり目立たないので、色っぽいのは前方後円墳の方です。

 また、グラマラスな古墳もあればスレンダーな古墳もあって・・・

 これ以上話すと変態だと思われるので止めましょう。

 ところで、この二つの古墳の被葬者像ですが、さきほどの説明板に書かれていた通り、北陸系の人物である可能性が高いです。

 会津は現在では福島県の一部となっており、郡山などの中通り地方と一緒にされていますが、文化的には日本海にそそぐ阿賀野川(阿賀川)流域で、新潟と近いのです。

 つまり北陸系の文化が入ってきやすい場所なわけです。

 何度もお話ししている通り、関東地方の場合は、古墳時代の初めに各地の支配者となったのは東海系の人びとですが、会津の場合は北陸系なんですね。

 この辺も面白いところです。

 ではつづいて、福島県立博物館へ向かいます。

 ⇒ 【gooブログから】田村山古墳|福島県会津若松市 ~破砕された2面の内行花文鏡が出土した東北最古級の古墳~【福島・思い付き古代史探訪 その2】

 

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