最終更新日:2025年9月21日
※一つのページに記載できる分量には限りがあるため、本ページでは、下図のうち、さいたま地域・東部地域・南部地域・南西部地域について記します。
※自治体ごとに示し、自治体の並び順は五十音順です。
※一覧の見方に関しては、こちらをご覧ください。

※埼玉県内の他の地域に関しては、以下をご覧ください。
朝霞市(あさかし)
72m
柊塚古墳
🅿あり(東側)
🚻あり
6世紀前葉に築造された墳丘長72mの西向きの前方後円墳。後円部は2段築成。帆立貝形古墳と紹介されることもある。
元々は、径36mの後期円墳である一夜塚古墳などと共に根岸古墳群を形成する一基だったが、柊塚以外の古墳はすべて湮滅した。
1995 年と2000年に発掘調査が行われ、後円部墳頂の中央とそれにほぼ平行して南側から埋葬施設が検出された。中央は木炭槨、南側のものは粘土槨である可能性が高いです。木炭槨と思われる主体部の墳丘上では、家形埴輪や壺形土器が出土し、それ以外にも周濠からは円筒埴輪や人物埴輪、馬形埴輪などが多数出土している。周濠は、前方部前面には造られていない。
現地は公園になっており、家形埴輪をモチーフにした公衆トイレが設置されている。
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岡の城跡
埼玉県の中世城郭は、「○の城」と呼ぶことがあって、例えば所沢市には「滝の城」があり、新座市には「柏の城」がある。「岡の城」は、公園になっており、2024年にリニューアルオープンした。
立地は、武蔵野台地が黒目川に向かって東に延びた比高15mほどの舌状台地上で、台地基部を掘り切って2つの郭を造作している。
城主に関しては、『新編武蔵風土記稿』では、太田道灌説を紹介しているが、中世城郭にありがちな誰の城かもわからない城である。でも、空堀はしっかり残っており、東京近辺に住む中世城郭マニアの間では評判の良い城跡だ。
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春日部市(かすかべし)
花積貝塚
はなづみかいづか
春日部市花積
🅿なし
🚻なし
縄文前期の花積下層式土器の標式遺跡。大宮台地慈恩寺支台に立地。縄文前期から中期にかけての集落遺跡で貝塚を伴う。昭和3年の調査では、関東地方の前期土器
型式の解明が進み、出土した土器は花積下層式と命名された。昭和43年の調査では、前期の住居跡が4軒、中期16軒を発掘調査。
春日部市郷土資料館に花積貝塚のコーナーがあるが出土遺物の展示は少ない。
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春日部市郷土資料館
春日部市粕壁東3-2-15
048-763-2455
9:00~16:45
月・祝休館(珍しくGWもしっかり休む)
春日部市内ではAT以前の旧石器も出土しており、本館は近世・近代に至る市内の歴史を紹介した施設。花積貝塚の縄文中期の竪穴式住居を原寸大で推定復元。同貝塚の人骨をもとにした復顔も展示。また、県指定文化財である須釜遺跡の土器も展示している。
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さいたま市岩槻区(いわつきく)

真福寺貝塚
さいたま市岩槻区城南3丁目ほか
🅿なし
🚻なし
縄文時代後期から晩期の貝塚を伴う集落跡と泥炭層遺跡から構成される。大正15年に大山史前学研究所が発掘調査をして以来、無数の発掘調査(荒らし行為含む)が
行われ、現在も発掘調査が継続している。
関東地方では後期の初頭、称名寺式期の頃に一時的に集落数が減るが、その次の堀之内式期から復活し、土偶の製作も盛んになる。
出土遺物で特に有名なのが、国指定重要文化財の「みみずく土偶」。みみずく土偶は、後期中葉の山形土偶よりもあとの後期末葉から晩期にかけて造られた。山形土偶と分布圏は似ているが、みみずく土偶は古鬼怒湾沿岸が主たる分布圏だ。
なお、縄文時代後期から晩期にかけての土器型式に安行式があり、当初山内清男は埼玉県川口市の安行猿貝貝塚出土時をもって型式を提唱したが、その後、真福寺貝塚出土遺物をもって分離し、それが現在の安行2・3a~c式である。
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岩槻郷土資料館
さいたま市岩槻区本町2-2-34
048-757-027
9:00~16:30
月曜休館
戦国時代の岩槻城や近世に関する展示が中心。真福寺貝塚から出土した遺物など、考古遺物の展示もある。なお、国指定重要文化財のみみずく土偶は、ずっとトーハクに囚われの身となっており展示していない。
須和田式土器の優品を展示している。ただし従来、須和田式土器は、南関東の弥生時代中期後葉の稲作開始の指標となる宮ノ台式土器よりも古いとされていたのだが、現在は須和田式土器という呼び名をあまり聴かない。なお、須和田式の命名者は杉原荘介だ。
S字状口縁台付甕(S字甕)の影響を受けている古墳時代前期の五領台式土器も展示している。
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さいたま市大宮区(おおみやく)
さいたま市緑区(みどりく)
さいたま市見沼区(みぬまく)

稲荷原遺跡
さいたま市見沼区春岡3丁目
縄文早期前半の撚糸文系土器である稲荷原式土器の標式遺跡。現地は完全に住宅街と化し、往時を偲ぶものは無い。説明板なし。
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志木市
富士見市

水子貝塚
縄文時代前期の中頃、黒浜式期から諸磯a式期にかけての集落遺跡および貝塚。この時期は縄文海進が最も進み、奥東京湾を囲む遺跡や貝塚は最盛期を迎える。
水子貝塚では、住居跡を貝塚にした76ヶ所の地点貝塚が転々と環状を呈しているが、中期の姥山貝塚や加曽利北貝塚のように貝塚が帯状に繋がっているわけではない。いわゆる馬蹄型とか環状型と呼ばれる大型貝塚は、中期から後期が盛期。ただし、水子貝塚の径は160mあり、前期貝塚としては国内屈指の規模を誇る。
見つかった貝は、とくに二枚貝のヤマトシジミが目立つ。ヤマトシジミは淡水と海水が入り混じる汽水域を好むため河口付近にも生息するす。そのことから、縄文前期中頃の古入間湾の水子貝塚の近くは、海水と河川から流れて来る真水とが混ざりあう状況であったと考えられる。
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水子貝塚資料館
富士見市内の各遺跡から出土した様々な土器が見れる。
縄文前期前半の関東・甲信地方では、羽状縄文系土器様式が流行した。羽状縄文系土器様式は、花積下層式、関山式、黒浜式の大きく3種類に分かれており、水子貝塚資料館および展示館で見ることができる。
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