【gooブログから】小山神社・小下沢砦跡・寶珠寺【甲州道中を歩く⑭】

 2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。

 当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。

 基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。

 ※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。

 ※本記事は、2017年6月7日に投稿した記事です。


2017年6月3日(土)の探訪レポート

 ⇒ 【gooブログから】金南寺・小仏関跡・浅川小学校上長房分校跡【甲州道中を歩く⑬】

 朝、現場に向けて車を運転しながら、TM Networkの「Get Wild」を歌っていたら、「誰かのために生きられるなら 何も怖くない」という部分を歌って気づいたことがありました。

 私自身、引きこもり状態から復帰する際に、「娘のために頑張ろう」と決意を新たにして復帰に成功したわけですが、誰しも「誰かのために」をモチベーションの源泉にして頑張る時期はあると思います。

 ところが、気づけば今の私はすでに誰かのために生きようとか、誰かのために働こうとか、そういうことは意識しなくなっていました。

 もちろん、要所要所では断片的に家族や仲間のことを頭に思い浮かべながら仕事を頑張ることもありますが、基本的にはもう他人のためとか自分のためとか、そういうことを意識しなくても、何も考えずに四六時中、自然にモチベーションが沸いているのです。

 疲れるときや面倒くさいと思うときもありますが、おおむね元気に働くことができており、誰かのために生きるということを特段意識しなくても、今の私には怖いものは何もありません。

 その理由は、自分の「外」に依存しなくなったからです。

 お金とか外見を飾るものとか会社とか配偶者・家族・友人とか、そういったものに依存せず、自分の「内」に確固たる一生ものの財産を築くことができたので、何も怖いものはないのです。

*     *     *

 中央道と圏央道が交わる八王子ジャンクションを右手に見上げながら進んでいくと、終戦間近に発生した「湯の花(いのはな)列車銃撃事件」の慰霊碑へ向かう道の前に来ました。

 説明板が置かれています。

 

 

 銃撃事件のあらましはこの説明板に書かれた通りなのですが、いくら戦争中とはいえ、あきらかに民間の列車と分かるものを銃撃するのは卑劣だと思います。

 私が軍人なら軍人を相手に戦う。

 と、きれいごとを言ってはみるものの、強烈な憎悪にかられた極限の精神状態の人たちが交わる場で起きた事件なので何とも言いようがありません。

 ちなみに、地名の「湯の花」は本当は「猪の鼻」と表記され、地形を見るとわかるのですが、丘陵がイノシシの鼻のようにピョコッと飛び出ていることから、そう名付けられました。

 今日は慰霊碑へは向かわず、甲州道中を直進しますよ。

 何気なく右手の線路を見ると、撮り鉄さんたちが複数名、下り列車へ向けてカメラをスタンバイしています。

 

 今日は何か特別な列車でも走るのでしょうか。

 つづいて、高尾梅の郷広場に来ました。

 

 

 梅の季節は結構人手があるらしいですよ。

 真上には圏央道。

 

 圏央道さん、いつもお世話になっております!

 甲州道中はお地蔵さんや石碑が多いですね。

 

 お、ここから滝行に行けますよ。

 

 そして、摺差(するさし)豆腐の愛称で呼ばれている峰尾豆腐店です。

 

 私は2004年の夏に高尾へ越してきて、実は今歩いてる甲州道中は、途中にあった駒木野病院までしか歩いたことがなく、辛うじて引っ越しててすぐのころに、ここのおからドーナツが美味しいとの情報を得て一回だけ車で来たことがあるだけなのです。

 まあ、高尾に越してきてから10年近く体調不良状態で、かつちょっと前までは江戸時代の歴史には興味がなかったので、こっちの方まで歩いたことは全然なかったわけです。

 でも今日はこうして歩いてみるととても良い道で、我が家の近所にこんなによい散歩コースがあったなんてある種の驚きです。

 ちなみに、我が家から歩いて数十秒のところにある「蓮華茶屋」では、摺差豆腐を使ったメニューがあって美味しいですよ!

 峰尾豆腐店から少し歩いた右手に鳥居が見えました。

 

 きっと、あれは小山神社に違いない。

 

 おー、やっぱりそうだ!

 

 小山神社とはどんな謂れの神社なのでしょうか?

 栃木県出身の方はもしかしたらピンときたかもしれません。

 そう、栃木の小山にいた小山氏に関連する神社なのです。

 なぜ、こんな多摩の山奥に小山氏の神社があるのでしょうか。

 この裏高尾町という住所には峰尾さんがものすごく多いのですが、峰尾さんは小山氏の子孫なのです。

 室町時代の14世紀の終わりころ、小山氏の乱という事件が起こりました。

 下野守護の小山義政が鎌倉公方足利氏満に対して反乱を起こし、義政没後も子の若犬丸が活動を続け、17年に及ぶ混乱状態が北関東にて惹起されました。

 若犬丸は奥州に潜伏して、ときたま関東へ出没してゲリラ活動を続けたのですが、乱の当初は鎌倉府は奥州を管轄としておらず、公方は討伐できなかったのです。

 1391年に奥羽は幕府の管轄から鎌倉府の管轄になったのですが、移管の理由の一つは若犬丸を討滅するためです。

 結局、若犬丸は死にますが、その子孫がはるか遠く八王子まで逃れてきて住み着いたとされます。

 峰尾という苗字は、小山の「小」を「尾」にして、「山」を近い言葉である「峰」にして、そして順番をひっくり返したわけです。

 また、別の説としては、峰尾氏は若犬丸の子孫ではなく、家臣筋だったという話もありますが、どちらが本当か分かりません。

 つづいて、さきほどの猪の鼻と同じような地形である木下沢(こげさわ)という場所に来ました。

 

 あ、あそこにも撮り鉄さんが!

 

 私も鉄道好きですが、S源寺さんは私以上ですので、二人ともとても気になります。

 ところで、戦国期にはここが砦のようになっていました。

 中田先生によると、半島状の地形の部分に旧道があるそうなのです。

戦国の城は民衆の危機を救った―関東王国の平和を求めた八王子城主北条氏照
中田 正光
滝山城跡群自然と歴史を守る会

 ※この本で説明されていますよ!

 でもこの薮では探索は難しいです。

 

 また冬に来ましょうね。

 現在の道筋通り、半島状の地形を迂回していると、森の樹木の上にハックルベリーの家のようなものを見つけました。

 

 子供のころは樹の上の家って憧れましたよねー。

 本当に造る人がいるんですね。

 レンガの素敵なトンネルを抜けます。

 

 今度は線路を左手に見て歩きます。

 おや、この構築物は何でしょうか?

 

 二人とも分かりません。

 そしてようやく、バスの終点まで来ました。

 

 今日は私たちが歩いている横を何度も路線バスが行き違い、多いときは3台体制でハイカーたちをここまでピストン輸送していました。

 そういえば、全然関係ないですが、以前埼玉県狭山市の柏原砦を狭山市博物館主催で名雲先生が案内してくださったときに、バスが3便ほど博物館と城跡を往復しました。

 そのとき、他の見学者が引き上げた後、私は一人で城跡を踏査していたのですが、そこで会った方に博物館主催の城見学のことを話すと、「ピストン運動で運んだんですね」とおっしゃり、もちろん初対面の方なので突っ込みませんでしたが、「ピストン輸送」を「ピストン運動」と間違えるのは、中学生だったら結構喜ぶネタですね。

 あ、スミマセン、全然関係ない話をしました。

 というわけで、小仏峠方面に登る人はここまでバスで着てここからいよいよハイキングを開始するわけです。

 でも私たちのような歴史好きからすると、今日みたいに高尾駅から歩いてくる方がずっと楽しいですね。

 中央道の看板が見えます。

 

 バスから降りてきたハイカーたちに混ざって歩いていると、寶珠寺に来ました。

 

 立派な馬頭観音だ。

 

 他にも石仏がありますね。

 

 カゴノキという木があるそうです。

 これだ。

 

 木は撮るのが難しい。

 

 

 クスノキの仲間の様ですが、植物に詳しいS源寺さんも聞いたことがないようです。

 本堂。

 

 

 不動堂。

 

 

 なんの社でしょうか。

 

 そういえば今日は朝からずっと歩きっぱなしなので少し休憩したいですが、ベンチがあったものの日向なのでやめます。

 先へ行きましょう。

 

 これが最後の自販機ですよ!

 

 中央道の小仏トンネル。

 

 気づかないうちに少し標高の高い場所に来ていたようで、振り返るとすこーしだけ関東平野が見えます。

 

 はい、車で来れる場所はここまでですよ!

 

 ここからはいよいよ山道となります。

 滝がありますね。

 

 では、峠越えに向かいますよ!

 

 つづく。

 ⇒ 【gooブログから】小原宿から相模湖駅までの間に旧道の存在を検知【甲州道中を歩く⑮】

 

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