【gooブログから】柿岡佐志能神社 ~常陸にも豊城入彦の伝承があるんですね~ 【常陸国”枢要部”探訪⑥】

 2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。

 当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。

 基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。

 ※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。

 ※本記事は、2017年5月27日に投稿した記事です。


2017年4月15日(土)の探訪レポート

 ⇒ 【gooブログから】柿岡城跡 ~太田三楽の次男梶原政景や伊達政宗の叔父国分盛重らの居城~ 【常陸国”枢要部”探訪⑤】

 古代常陸国の枢要部である石岡で古代の史跡めぐりを企て出張ってきたわけですが、近世の一里塚や中世城郭などを探訪し、まだ本来の趣旨には沿っていませんね。

 もちろん、中世城郭も大好きなので、それはそれで良いのですが、柿岡城跡を見た後は、いよいよ古墳めぐりを開始します。

 15分ほど巡航し、八郷総合支所へやってきました。

 これは旧八郷町役場で、八郷町は2005年に石岡市と合併しました。

 この八郷総合支所の入口に、付近の古代史をめぐるための案内図が表示されています。

 グルッと一回りすると2時間20分掛かるようですが、時刻は今9時20分なので、見終わった頃にちょうどお昼ご飯時になりますね。

 ペットボトルのジュースを一本買って出発です。

 初めは佐志能(さしの)神社を目指します。

 歩きだしてすぐ、川が現れました。

 恋瀬川っていい名前ですね。

 

 桜はまだ辛うじて見ごろの範囲に収まっており、家族連れがカメラを持って遊びに来ています。

 

 きれいな桜並木ですね。

 

 あ、ユキちゃんだ!

 

 山羊の名前は何でもユキちゃんです。

 ていうか、山羊とお散歩って今流行ってるんですか?

 佐志能神社の参道に入りました。

 

 遠くに鳥居が見えてきましたね。

 

 鮮やかなピンク。

 

 鳥居に到着です。

 

 お、結構な段数!

 

 石段を登りつめると説明板がありました。

 

 私は佐志能神社という名前は初めて聞きましたが、説明板によると祭神は豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)なのでしょうか。

 佐志能神社の社殿。

 

 この後、別の佐志能神社へも詣でるつもりなのですが、この近辺には佐志能神社は多いのでしょうか。

 ※あとで調べたところ、ここ柿岡の佐志能神社は式内社である佐志能神社の論社で、論社は全部で4社あるということでした。

 なお、『日本書紀』によれば、豊城入彦は父・崇神天皇の命で東国を治めたとあり、その後の東国の統治に関しては、豊城入彦の孫である彦狭島(ひこさしま)が東国を治めるために下向する途中で亡くなり、その子である御諸別(みもろわけ)が東国で善政を敷いたとされています。

 この3名の皇族が実在の人物だったかどうかについてですが、ヤマト王権が東国へ進出するに当たり、皇族を将軍として派遣した可能性は高く、御諸別に関しては「ワケ」という称号が付いていることから、私は5世紀頃に実在した人物ではないかと思っています。

 おっと、今はこの辺でお話はやめておいて、丸山4号墳を見に行きましょう。

 ⇒ 【gooブログから】二子塚古墳(丸山4号墳) ~古墳に来てもやっぱり藪こぎ~【常陸国”枢要部”探訪⑦】

 

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