2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。
当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。
基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。
※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。
※本記事は、2020年1月28日に投稿した記事です。
年月日()の探訪レポート
つづいて、おくま山古墳へ向かいます。
おくま山古墳は、さきほど国道沿いに看板があったのを見かけています。
地図を頼りに行ってみると、立派な墳丘がありました。
近くに車を停めて見に行きます。
横っ腹。

帆立貝型古墳だったと思っていたのですが、前方後円墳に近い形状です。

ここは説明板がありますね。

しかし、光が反射して読みづらい。
若干滅亡しかかっています。
説明板には62mの前方後円墳とありますね。
築造時期は榛名二ツ岳の火山灰の堆積具合からして、6世紀初めにはすでにあったということですが、後期古墳でしたらこのように前方部が低い前方後円墳は普通はあり得ません。
中期で前方部が低いといったら帆立貝型ですが、帆立貝型古墳と呼ぶには前方部が長すぎるし・・・

というか、この墳丘図を見ると、前方部と後円部の比率やバチ型に開いた前方部、それに周溝の形状が前期の纏向型前方後円墳を彷彿とさせます。
ようこそ・・・

お出迎えしてくれたこの方々を見れば、築造時期は推定できるんじゃないでしょうか。
5世紀末であれば、まだ前方部が若干低い前方後円墳も造られたので、8期かなあ?
いや、もともとは前期の纏向型前方後円墳で、それを中期末に再利用して盾持ち埴輪を並べた「リサイクル墳」かも?
比企地方は県内最古級の古墳が集まっている地域なので、千葉県市原市の神門5号墳のような纏向型前方後円墳があっても良いんじゃないの?
ともかく、墳丘へ登ってみますよ。

ここも神社になっています。

社殿。

墳頂からの眺め。

あれも古墳かしら?

おくま山古墳、なかなか良い古墳でしたね。

しかし本当に謎ティックな古墳です。
では、次に行きましょう。
