2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。
当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。
基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。
※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。
※本記事は、2020年1月27日に投稿した記事です。
2020年1月26日()の探訪レポート
昨日(2020年1月26日)は、「歴史を歩こう協会」の今年最初の催しとして、埼玉県比企地方の古墳めぐりをしてきました。
この会で歴史歩きをするときは、ほぼ100%私の趣味の押し付けですので、参加したいという方は私と趣味嗜好が似ている方に限定される傾向があります。
今回は、当初は徒歩での歴史めぐりを考えており、「歩程15㎞」と予告(実際はもっと歩く予定)したことも影響があったのか、ほとんど参加表明がなく、私を含め4名の参加ということになりました。
しかし4名であれば車で行けるなと志を変更したところ、幸いオーメンさんが車を出してくださるということになり、それに甘えて今回は自動車の機動力を生かした古墳めぐりをすることができました。
車を出してくださる方がいるというのは大変ありがたいです。
というわけで、今日は6時半にお掃除に出るので、それまでに昨日の古墳めぐりの一部をご報告します。
* * *
いつものように朝2時に起床し、出発までに一仕事してしまいます。
天気予報を見ると今日の比企地方は午前は曇りで午後から陽が出てくるようです。
最悪、雨でなければいいですね。
6時過ぎに高尾幕府を出陣。
超久しぶりに徒歩(かち)での出陣ですよ。
外は雨が降っていますが、比企地方は大丈夫でしょう。
電車を乗り継ぎ、8時に集合場所の東松山駅に到着。
同じ電車にカンメイさんが乗っていました。
少し経ってオーメンさんが車でやってきて、まずは吉見百穴へ移動します。
こちらは路面も濡れておらず、雨の心配はなさそうです。
でも寒い。
吉見百穴では金子さんと合流し、今回はこの4名で古墳めぐりをしますよ。
今回めぐる予定の場所で主なものはこのとおりです。

最初に向かうのは、熊谷市のとうかん山古墳。
今回は私がナヴィをします。
一人で行くときは事前準備が適当なときもあるのですが、今日は仲間を巻き込んでいますので、なるべく事前に場所は調べています。
東松山市から熊谷市に入り、吉見小学校の近くまでやってくると視界に墳丘が飛び込んできました。
専用駐車場はないので、近くの邪魔にならないところに車を停めて、さっそく探訪です。
グッドモーニング。

うわー、説明板は滅亡寸前だ!

※なるべく読みやすいように画像を編集しました。
日当たりがいいところに設置されていると劣化するのが激しいわけですが、設置してから30年くらい経っているから仕方がないですね。
辛うじて読めますが、こういう文字が消えかかった説明板を「滅亡寸前の説明板」と呼び、たまにお目にかかる文字が読めなくなってしまった説明板のことを「滅亡した説明板」と呼びます。
墳丘図。

墳丘長74mの前方後円墳で、古墳時代後期の築造です。
説明板によると、発掘調査がされていないようですが、採集された埴輪片から6世紀中ごろとしているとあります。
前方後円墳集成編年でも9期としており、埴輪は最終形態のものになるはずです。
周辺の地形はこの通り。

それでは、前方部に登ってみましょう。
前方部墳頂には稲荷神社が鎮座しています。

左手には八坂神社の小祠もあります。
後円部方向を見ます。

いまいる前方部の高さが6mで、後円部の方がそれよりも低い5.5mということなので、後期古墳らしく肉感のあるプロポーションです。

いいねえ。
後円部へ行ってみます。

後円部から前方部を見ます。

後円部の丸みに沿って道路がありますね。

皆さん、後円部の下にある石碑が気になっているようですが、降りるとまた登ってこないといけませんよ。
再び、後円部から前方部のヴュー。

付近には多数の古墳があったようで、後期の群集墳の中で、とうかん山古墳は盟主墳だったのでしょう。
9期というと、埼玉古墳群で大型古墳の築造が続いていた時期ですが、同時期の埼玉郡周辺地域を除く県内の前方後円墳としては、このとうかん山古墳がもっとも大きな古墳となります。
比企地方は古墳時代前期にかなり力を持っていたのですが、その後も辛うじてその余力を残しつつ、後期にはこのとうかん山古墳と、これから探訪する予定の巨大円墳である甲山古墳を築造するに至ります。
それでは、前方部へ戻りますよ。
今度は前方部の裾部分。

前方部から後円部を眺めてさようなら。

階段にはこの辺でよく見かける、緑泥片岩の砂利がまかれています。

この辺りでは中世の板碑はこの緑がかかった石で作っていましたし、小倉城の石積みはこの石で作っているので「緑の石垣」なのです。

※小倉城跡の石積み(2016年3月13日撮影)。
よし、一発目から良い古墳が見られましたよ。
それではつづいて、さきほど名前の出た甲山古墳を見に行きましょう。
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