2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。
当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。
基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。
※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。
※本記事は、2020年1月20日に投稿した記事です。
年月日()の探訪レポート
車があると本当に便利です。
でもこの便利さも今日が最後ですので、ずっと気になっていた千葉県の古墳をいくつか見て、最後に自分の生まれ故郷である松戸市を訪れてこようと思います。
最初に目指すのは香取市です。
下道で行くので結構時間がかかると思いますよ。
4時40分に幕府を出発。
早朝、というか冬なのでまだ真夜中な感じですが、この時間のドライヴはとても快適です。
都心部もスルスルと移動できますよ。
6時くらいには港区を通過。

ほどなくして湾岸道路。
旭日へ向かって走ります。

こんな快適なら有料道路は使わなくても十分にドライヴが楽しめますね。

そして8時20分、最初の目的地に到着!

香取市にある三之分目(さんのわけめ)大塚古墳です。

古墳時代中期の千葉県を代表する大型前方後円墳で、存在自体は以前から知っていたのですが、なかなか訪れることができませんでした。
以前、近くまで来たことがあったのですが、そのときはすっかり寄るのを忘れてしまい、その後、クラツーのお客様でこの近くに住んでいる方から「いい古墳ですから、ぜひいらしてください!」とお勧めされていたのです。
周溝の跡。

墳丘に登ってみましょう。
後円部は個人の墓地になっている箇所もありますが、それ以外の場所は歩けるようになっています。
おー、いい眺めだ!

東方向の眺望。

北から東にかけては利根川が展開していますが、古代は広大な香取海(かとりのうみ)が展開しており、古墳のすぐ近くまで水辺が迫っていたと考えられます。

位置的には香取海の入口辺りなので、外海か椿海方面からやってきた舟は三之分目大塚古墳の横腹を見ることになります。
そして香取海の最奥部の茨城県石岡市には、墳丘長186mを誇る東日本で2番目に大きい舟塚山古墳が存在しており、両者は古墳時代中期における、香取海沿岸の二大古墳です。

※舟塚山古墳
ところで、筑波山は見えないかなあ?

見えた!

呪力ズーム!

地図で確認すると、三之分目大塚古墳の主軸はピッタリ筑波山を向いていますね。
この古墳の被葬者は筑波山に特別な思い入れがあったはずです。
墳頂には立石のようなものが立っていますよ。

いったい何でしょうか・・・

見下ろすと段築も分かります。

説明板には3段築成と書いてありましたね。
それと、説明板には見つかった埴輪に黒斑があると書かれていましたが、埴輪づくりの前半は野焼きだったため、どうしても黒斑が出てしまうのですが、後半は窯で焼くようになりそういうものは現れなくなりました。
ですから、黒斑がある埴輪の方が古いのです。
あれはどこの街だろうか?

後円部から前方部を見ます。

中期なので肉付きが良くなってきていますね。
東側の裾方向。

前方部へ行ってみましょう。
小祠があります。

前方部底辺のエッヂ部分も広がりがあってダイナミックだ!

前方部から後円部を見ます。

じっくりと墳丘を堪能させていただきました。

つづいて、東側の道路へ降りてみましょう。
後円部を見上げます。

お、全体のアングルも撮れる!

前方後円墳の魅力は何といっても「くびれ」なんですが、ツアーの時にあまりそれを強調すると変態だと勘違いされるので控えています。
でもやっぱり、くびれはいいねえ。
バスもありますよ。

ところで、この近くの学校にも前方後円墳があるようなので、ちょっと行ってみようかしら。
