【gooブログから】仲津山古墳・古室山古墳 全国9位の規模を誇る墳丘長290mの仲津山古墳と墳丘歩きが楽しめる大型前方後円墳・古室山古墳【大阪府藤井寺市】

 2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。

 当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。

 基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。

 ※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。

 ※本記事は、2020年2月11日に投稿した記事です。


年月日()の探訪レポート

一昨日(2月9日)は、クラツーにてこちらのツアーをご案内してきました。

 私がシリーズ化して企画している「流域の古代史」シリーズの4番で、相模川流域の古代遺跡をめぐる日帰りバスツアーです。

 心地よい冬晴れのもと、22名のお客様と一緒に歩いてきました。

 皆様、ご参加ありがとうございました。

 このツアーは遺跡も素晴らしいですが、ランチもまたお勧めなのです。

 「飄禄玉(ひょうろくだま)」という川魚料理の名店でお食事。

 川魚料理というと難色を示すお客様もいらっしゃるのですが、その予想を裏切る美味しさですからとても評判が良いのです。

 クセのない鯉の刺身は、酢味噌て食べます。

 美味すぎて、多分私は10皿は食べられますよ。

 仕事で来たのでなければ、酒を飲みながら食べたいなあ・・・

 鱒の唐揚げはもちろん揚げたてのアツアツ!

 これ、丸ごと全部食べられるのです。

 美味い・・・

 自腹を切って追加注文し、3尾召し上がったお客様もいらっしゃいました。

 自分で作ったものでなくても、お勧めの料理を「美味しい!」と言って食べていただくのってとても嬉しいですよね。

 鯉の味噌汁もこれまた良い味です。

 ちなみに、ちゃんと麦飯も付いていますよ。

 デザートは好きな物からチョイスでき、最初はアイスにしようかと思ったのですが、ぜんざいに志を変更。

 豆がたっぷり入っていて美味い。

 というわけで、全然歴史の話をしていませんが、このツアーはまた来年もやると思うので、そのときはまたこのお店でランチができるように会社にお願いするつもりです。

 さて、今日は昨年の正月にめぐった大阪の古市古墳群探訪の続きをお伝えします。

*     *     *

 ⇒前回の記事はこちら

 土師ノ里駅前の鍋塚古墳につづいて、仲津山古墳(仲姫陵)に向かいます。

 といっても、鍋塚古墳とは隣接して築かれており、すぐに後円部がお目見えです。

 いまは周濠に水はないですね。

 東側の側面の道を歩きながら墳丘を観察。

 仲津山古墳は、墳丘長290mを誇る前方後円墳で、全国で9番目の大きさです。

 見つかった円筒埴輪はⅢ式のもので朝顔形があり、衣蓋形などの形象埴輪も見つかっています。

 前方後円墳集成編年では5期ですから、津堂城山(4期)よりも新しいですが、先ほど見た7期の市野山古墳(允恭陵)やこれから訪れる6期の誉田御廟山(応神陵)よりも古くて、中期はじめの古墳となります。

 前方部の拝所を目指しましょう。

 前方部のコーナー。

 おや、近くに立派な前方後円墳がありますよ。

 あとで行ってみよう。

 まずは仲津山の拝所へ。

 いつもの看板。

 看板に書かれている通り、仲姫(なかつひめ)は、応神天皇の皇后です。

 父は品陀真若王、祖父は五百城入彦、曽祖父は景行天皇ということで、私は応神天皇はそれまでの崇神・垂仁・景行とは血縁関係がないと考えているのですが、九州からやってきた応神は、景行天皇の系譜に連なる仲姫と婚姻することにより、ヤマト王権の正当な跡継ぎとなったと考えています。

 ただし、最近ではヤマトの王に関しては、同時期に2名いてもいいかなと考えるようになっています。

 岸本直文先生の考えともまた違うのですが、日本人は二頭政治を好みますし、王墓級の古墳の数や築造時期の近接具合から、絶対的な一人の王が君臨していたとは考えられないのです。

 なお、仲姫は仁徳天皇の母です。

 さきほど見かけた古墳が気になるので行きますよ。

 ここだ。

 手元の資料だと古室山古墳です。

 お、ここは墳丘に登れるようだぞ!

 墳頂!

 おー、いい墳丘ですねえ。

 墳丘に登れないとストレスが溜まるんですよね。

 西側の少し遠くに見えるのは岡ミサンザイ古墳でしょう。

 このあと行きますよ。

 東南方向に見えるのは二上山かな?

 後円部墳頂。

 麓を見下ろすと説明板が見えます。

 古墳の楽しみの一つは、こうやって墳頂に登って眺望を楽しむことです。

 古墳は「山」ですからね。

 すぐ南側には巨大な誉田御廟山古墳が見えます。

 後円部から前方部を望みます。

 前方部が発達してきており中期の古墳の風格が出ていますが、まだ比高差を感じることができますので中期前半でしょうか。

 説明板のところへ行ってみましょう。

 葺石のようにも見えますが、ちょっと小粒かな。

 関東の古墳の場合は、葺石は丸い川原石の場合が多いです。

 藤井寺市の立派な説明板がありました。

 さすが世界遺産を目指しているだけあって、説明板がしっかりしていますね。

 ここで現在地を確認しましょう。

 今日は古市古墳群へやってきたのが午後でしたので、あっという間にもう16時ですが、まだ半分も見ていませんね。

 陽もだいぶ傾いてきたので、この分では残りは誉田御廟山と岡ミサンザイを見てお終いでしょう。

 いやー、古室山古墳、いい古墳でした。

 楽しかった。

 それでは、誉田御廟山へ向かいましょう。

 

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