2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。
当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。
基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。
※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。
※本記事は、2019年11月29日に投稿した記事です。
年月日()の探訪レポート
小山城跡を見た後は古代の世界に戻ります。
次は団栗(ずんぐり)塚古墳へ行きますよ。
熊野神社が目印のようなので、ひとまず熊野神社を目指します。
あった、これだな。
境内の脇で雷電號から降りて古墳へ向かいます。

うーん、それなりに大きいですが、何の変哲もない円墳という感じです。

墳頂へ登ってみましょう。
神様がいらっしゃいますね。

大神社とあります。

うーん、こんなもんかなあ・・・

※帰宅してから気づいたのですが、団栗塚古墳は、ここからもう少し北へ行った場所にあるようで、これは熊野神社境内で確認されている3基の円墳のなかの1基でした!
つづいて、熊野神社へ参拝してみましょう。
境内社の八幡社。


熊野神社拝殿。


本殿。

本殿の脇にも円墳がありますね。

説明板。

ところで、今日は樹木の伐採作業を行っていますよ。

説明板には御神木について書かれています。

まさか御神木を!と思いましたが、ちょうど親方さんみたいな人が歩いてきたので尋ねてみると、朽ちかけていた杉を切ったそうです。
おー、割竹型木棺が作れそう!

その方は、御神木であるコウヤマキの方を見て、「あれも危ないんだけどなあ。でも御神木だからそう簡単に切れないよね」と話してくれました。

私はコウヤマキというと、古墳時代前期においてもっとも豪華な木棺の素材という認識があります。
百済の武寧王陵の木棺は日本産のコウヤマキ製ですし、武寧王自身も日本で生まれた可能性がありますが、韓国人の現地ガイドは日本人にはそういうことは一切説明しないらしいですね。

なんか不思議な感じがする木だな。

甲斐国第一!

参道。

では、雷電號へ戻りましょう。


こちらも古墳でしょう。

墳頂からの眺め。

それでは引き続き、古墳探訪をします。
