2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。
当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。
基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。
※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。
※本記事は、2020年1月27日に投稿した記事です。
年月日()の探訪レポート
とうかん山古墳を見た後は、すぐ近くにある甲山(かぶとやま)古墳を見に行きます。
まずは、周辺地形を確認しましょう。

古墳は冑山神社になっているということなので、それを目標に走っていくと、国道407号線から西側へ入っていく道に鳥居がチラッと見えました。
鳥居へ向かっていく道には車は入っていけないようなので、迂回して車が停められそうな場所を探し、近所の邪魔にならない場所に停めて歩いて古墳に近接します。
お、これですね。

結構大きな墳丘です。
西側からのアプローチになりますが、こちらからは登り口がないので直登しますよ。
少し登ると整備された遊歩道のような場所に出ました。

これは古墳のテラス部分でしょう。
テラス部分はきれいに手入れがされており、普通に歩けます。
拝殿の正面側に回ると、説明板がありました。

でかい円墳だ!
直径が90mもあります。
甲山古墳もさきほどのとうかん山と同じ後期の古墳で、前方後円墳集成編年に当てはめると9期になります。
同じ9期あるいは研究者によっては少し前の8期と考えますが、埼玉古墳群では有名な丸墓山古墳(直径105mで国内2番目の大きさ)が築造され、円墳としては丸墓山に次いで埼玉県で2番目に大きな古墳です。

造り出しも備えていますね。
拝殿。

時期的に見て横穴式石室のはずですが、おそらく横穴の開口部があるであろう場所へ行ってみます。
あるとしたらこの辺かな。

この古墳は直径は大きいのですが、こう見ると高さはあまり感じられません。
傾斜がなだらかなんですよね。
ですので、そう考えると石室の開口部はここではないかもしれません。
ただし、この古墳に登ってきた西側から北側にかけては地形が低くなっているため、そちらの方向から見上げると結構な高さに見えます。
説明板によると墳丘の高さは11mということで、丸墓山は19mありますから、全然丸墓山の方が険しい山ですね。
このまま直登して墳頂へ行きましょう。
墳頂には本殿が鎮座しています。

立派な社殿ですね。

参道の階段。

斜面を見下ろします。

さきほど、埼玉県で2番目の円墳と言いましたが、90mという大きさは全国的に見ても大きい方に入ります。
しかも古墳時代全期間を通じて、比企地方ではこの甲山古墳が前方後円墳の野本将軍塚古墳(115m)についで大きな古墳となるのです。
丸墓山といい、甲山といい、なんでこんなに大きな円墳を造っちゃったんでしょうね。
個人的にはこういった「でかい円墳」にも非常に興味があって、比企の近くでは、児玉地方で中期半ば(編年6期)に60m以上の円墳が立て続けに3基造られており、それらも大変気になるところです。
参道の方へ行ってみます。

こちらにも説明板があります。

素敵な本殿だなあと思ったら、江戸時代中期の作なんですね。
それでは車に戻りましょう。
いやー、しかしでかい。

おや、あの近代的なビルヂングが林立している場所はどこの街でしょうか?

地元(というか比較的近く)の金子さん曰く、熊谷の街だそうです。
そういえば、この熊谷市にはこの甲山と先ほど見たとうかん山以外にも国指定史跡となっている宮塚古墳があります。
宮塚はなんと上円下方墳なので、ずっと前から見に行きたいとは思っているのですが、荒川の向こう側でまさしくあのビルヂングが建っている方になるので、遠いので今日は行けません。
また機会を改めて行こうと思います。
それでは続いて、これまた県内でも要注目の雷電山古墳へ向かいますよ。
