
講座概要
AICTでは、2023年7月と10月にヤマトヒメの伊勢への巡幸路を追う形で伊賀・伊勢の現地講座を開催しました。その時は、神社を多く参拝するとともに伊賀と伊勢との間の交通路を見ていただき、ヤマトヒメ以外にも、天武天皇や聖武天皇、そして徳川家康の目線で現地を見ました。
また、2025年12月にも「発掘された日本列島 2025」と松阪市文化財センターの特別展「西のはにわと、東のはにわ」の開催に合わせて実施しました。
今回は前3回とは少し異なった角度から伊勢の歴史を探訪し、志摩にまで足を延ばします。
伊勢北部はヤマトタケルゆかりの地です。AICTではヤマトタケルの動画講座を開講していますが、動画内で出てくるスポットのいくつかを訪れますので、動画講座を受講された方は、よりリアルにヤマトタケルの世界を感じることができるでしょう(下記の探訪個所のうち当該動画に出てきたスポットには「ヤマトタケル」と記します)。
※本現地講座を企画した段階では、各館の休館予定はチェックしていますが、もし臨時休館になってしまった場合は、他の箇所で代替させていただきます。
※各館に展示してある遺物に関しては、タイミングによっては他館へ貸出している可能性がありますが、その場合はご了承ください。
※本現地講座は自動車でめぐります。
本講座のテーマ
AICTの掲げるテーマの内、本講座は主として「◎」に該当します。
| 旧石器時代 | 日本人のルーツと列島文化の始まりを探る | |
| ◎ | 縄文時代 | 土器と土偶を楽しもう・列島各地の多様な縄文文化に触れる |
| 弥生時代 | 列島各地における国ぐにの発生と邪馬台国の謎を追う | |
| ◎ | 古墳~飛鳥時代 | リアル日本書紀・ヤマト王権の確立と古代国家成立への軌跡を探る |
| ◎ | 古墳~飛鳥時代 | 列島各地の古墳をめぐろう・諸国古墳探訪 伊勢編 |
| 奈良~平安 | リアル続日本紀・列島各地に残る律令国家を見る |
開催日
2026年3月25日(水)~27日(金)
集合場所と出発時刻
名古屋駅 中央コンコース 太閤通口側にある「銀時計」の前に9時30分
※構内図はこちらです。
昼食
探訪途中で自由昼食。
宿泊場所
1泊目(3月25日):津駅近く ※稲用は、「ホテルルートイン津駅南-国道23号-」を予約しました。
2泊目(3月26日):賢島駅近く ※稲用は、「賢島・ホテルベイガーデン」を予約しました。
※賢島駅近くはあまりホテルが無いので、車で10分程度の場所でしたら送迎します。それでもない場合は策がありますのでご相談ください。
解散場所と帰着時刻
19時までには名古屋駅に戻ってきます。
※名古屋へ戻る時間を守れるように計算しますが、名古屋へ戻る途中には著名な渋滞箇所があるので、できれば名古屋駅に着いてから切符を買っていただくようにした方が安全だと思います。
主な探訪箇所
南山大学人類学博物館|愛知県名古屋市昭和区
伊勢ではなく尾張ですが、素晴らしい施設なので寄ります。
人類学博物館という名前ですが、考古学博物館としても立派です。特徴としては、展示物のほとんどを触ることができることで、石器の手触りや、土器の重さなどを実際に体感できます。国内ではなかなか見ることのできないアフリカやユーラシア大陸の前期・中期旧石器の展示も素晴らしい。縄文、弥生の展示も充実しており、縄文土器に関してはAICTメンバーにお馴染みの関東の遺跡から出たものが多いです。
名古屋市昭和区山里町18 052-832-3147 10:00~16:30 日・月休館



伊勢国分寺跡|鈴鹿市
令和2年4月に「史跡伊勢国分寺跡歴史公園」としてオープンし、伽藍配置全体がヴィジュアル的に分かるようになりました。
南から南門、中門、金堂、講堂、僧房が一直線に並び、中門と金堂は回廊がめぐっており、この特徴から東大寺式伽藍配置といえますが、回廊の左右外側には塔がなく、寺域全体で塔跡と思われる形跡が検出されていません。回廊東側の小院とされている箇所で見つかった地盤工事が行われていない四角い建物跡が塔跡と考えられているますが、果たしてそうでしょうか。現地で確認してみてください。
場所としては、他の国分寺跡と一緒でとても素晴らしい景観の場所です。


伊勢国庁跡|鈴鹿市
基壇が残る程度ですが、伊勢の国府の中心地の場所は判明しています。

鈴鹿市考古博物館|鈴鹿市
鈴鹿市内の遺跡から出土した遺物を展示。縄文時代の遺物は中期や後期の土器の展示があり、弥生土器の展示が豊富です。寺谷17号墳出土の2体の巫女形埴輪は、当館の「寺谷みこ」というマスコットキャラクターのモデルになっています。双円墳である保子里1号墳から出土した豪華な遺物も展示(ただし複製)。
博物館が建つ場所は河曲(かわわ)郡衙跡であり、伊勢国分寺跡や伊勢国庁跡とともにジオラマを交えて解説しています。
鈴鹿市国分町224 059-374-1994 9:00~17:00(16:30) 月曜・第3火曜休館


50m
保子里1号墳|鈴鹿市
6世紀中頃に築造された非常に珍しい双円墳です。

92m
白鳥塚古墳|鈴鹿市
ヤマトタケル
加佐登神社が守る古墳。5世紀前半に築造された帆立貝式古墳。葺石を備え、円筒埴輪や形象埴輪が出土。白鳥塚古墳群を構成する7基のうちの1基で、本墳は1号墳。
本居宣長は『古事記伝』で、本墳を能褒野墓の第一候補とし、平田篤胤もまた本墳をヤマトタケルの墓としました。明治9年、当時の教部省(翌年廃止)は本墳をヤマトタケルの墓に治定しましたが、内務省は3年後の明治12年10月に丁子塚(ちょうじづか=現在の能褒野王塚古墳)を治定して今に至ります。

加佐登神社|鈴鹿市
ヤマトタケル
創建年代不詳。日本武尊を主祭神とします。日本武尊の形見の笠と杖が御神体。歩いてすぐの場所に白鳥塚古墳があります。
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なんと絵馬はあのシーン!
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鈴鹿関|亀山市

忍山神社|亀山市
ヤマトタケル
主祭神は、猿田彦命と天照大神。由緒によると、崇神天皇7年に伊香我色雄命(いかがしこおのみこと=伊香色雄)に猿田彦命を祀らせたのがはじまりです。
景行天皇の御代、日本武尊が東征のおり立ち寄り、神主忍山宿禰の長女・弟橘媛を妃としました。元々は、1㎞ほど北東の愛宕山にあり、この地には白髭神社があったといいます。また、倭姫の河曲鈴鹿小山宮跡の伝承地でもあります。
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90m
能褒野王塚古墳(日本武尊 能褒野墓)|亀山市
ヤマトタケル
宮内庁が管理している日本武尊の3つある古墳の内の一つ。江戸時代には丁子塚(ちょうじづか)と呼ばれていましたが、白鳥塚古墳の項で述べた通り、明治12年に内務省が「景行天皇皇子 日本武尊 能褒野墓」としてヤマトタケルの墓として治定しました。
墳丘長90mの南東向きの前方後円墳。大きさは三重県では7位タイ、伊勢国では3位。ただし、墳丘長は、昭和4年に帝室林野局が作成した陵墓図によるもので、それ以来測量調査はされておらず、実際にはもっと大きいと考える研究者がいます。段築の有無を含めて古墳の本当の姿は分かりません。墳丘周辺に周溝や外堤が見られますが、それらは明治13年に増設されたものです。
遺物は表採された埴輪片があるのみで、それらの資料から4世紀末の築造と考えられています。

松阪市文化財センター はにわ館|松阪市
国史跡・宝塚古墳について詳しく解説した施設です。国宝・船形埴輪(船形埴輪1号船)のほか埴輪の展示が豊富で、各種形象埴輪の学習に最適。
国宝船形埴輪は長さが140㎝もあり、平成17年現在、全国で見つかっている43個の船形埴輪のなかで最大を誇り、唯一の装飾を備えた船形埴輪です。2024年に国宝に指定されました。他の船形埴輪と違うのは、船の上に設置された刀、儀仗2本、そして王の場所を示す傘などが見つかったことで、当時の船の様相がよく分かり大変貴重です。
松阪市外五曲町1 0598-26-7330 9:00~17:00(16:30) 月曜休館

宝塚1号墳出土・船形埴輪
111m
宝塚1号墳|松阪市
5世紀初頭に築造された墳丘長111mの東向きの前方後円墳。大きさは三重県で4番目、伊勢国では最大。前方部・後円部ともに3段築成で葺石あり。ただし、1段目が墳丘を全周していないため、1段目は基壇として、2段築成と考える研究者もいます。主体部の発掘調査は行われていません。コンディションが良ければ墳丘から伊勢湾を望むことができます。
底部穿孔二重口縁壺や国宝の船形埴輪を始めとした列島屈指の多彩な形象埴輪が出土し、それらの一部は松阪市文化財センターに展示しています。

89m
宝塚2号墳|松阪市
5世紀前半に築造された墳丘長89mの帆立貝式古墳。帆立貝式古墳としては有数の規模を誇ります。長軸の中心ラインは、宝塚1号墳側の造出に向けて造られており、1号墳との密接な関係が伺えます。
後円部は3段築成、前方部は2段築成。墳丘全体を葺石が覆っていました。築造時期から考えると、宝塚1号墳の次代の王の墓である可能性があります。

粥見井尻遺跡|松阪市
国内最古級の土偶が出土した遺跡です。公園として整備されています。
天白遺跡|松阪市
縄文時代後期中葉から晩期初頭にかけての配石遺構が30基も見つかりました。ストーンサークルマニアにはぜひ訪れてもらいたい遺跡です。
平成18年現在、三重県内では109点の土偶が見つかっていますが、天白遺跡からは66点も見つかっています(その後の調査で73点に増加)。その他、辰砂原石も見つかっており、マジカルな遺物が多いのが特徴。

松阪市嬉野考古館|松阪市
松阪市嬉野地域の遺跡から出土した遺物を展示。天白遺跡は一室を設けて詳しく展示・解説をしています。
松阪市嬉野権現前町423-88 0598-42-7000 9:00~17:00(16:30) 月曜休館


本居宣長記念館|松阪市
江戸期の国学者である本居宣長ファンには堪らない施設。宣長の旧宅鈴屋を使用しており、展示室では『古事記伝』などの自筆稿本類や遺品、自画像などを公開しています。
38m
坂本1号墳|明和町
坂本古墳群を構成する1基で、後期に築造された墳丘長38mの前方後方墳。列島各地を見渡しても、後~終末期に前方後方墳を築造した地域は他に下総や出雲くらいしか思い出せません。それくらい珍しい古墳です。主体部は木棺直葬で、金銅装頭椎大刀が出土。


斎宮跡|明和町
斎宮は、斎王が住した宮殿のことで、斎王とは、天皇が即位した際に伊勢に派遣されて伊勢神宮に仕える皇族の女性のことをいいます。斎王は伊勢神宮に住むわけではなく、普段は斎宮にて勤めを果たします。斎宮の周辺は、都市と言ってもよい空間が形成されていました。
その歴史を伝説をのぞいて史実として見ると、天武天皇の673年に皇女の大来皇女(おおくのひめみこ)が就任したのが始め。斎宮に任じられた場合、原則としてはその天皇の在位中は任を解かれることはありませんでした。斎宮制度は、それ以降、南北朝時代の混乱で制度維持ができなくなるまで続いた。
斎宮跡は広大なので可能な範囲でめぐります。個人的には、土地の雰囲気が非常に奈良に似ていると感じ、奈良にいるのかと錯覚してしまいます。

斎宮歴史博物館|明和町
斎宮について詳しく説明した博物館で、遺物の展示も豊富ですが、パネル展示やジオラマ展示によって立体的に斎宮について分かるようになっています。映像展示室で見られる映像も良いです。
明和町竹川503 0596-52-3800 9:30~17:00(16:30) 月曜休館



坂倉遺跡|多家町
縄文時代早期の集落跡。早期の集落跡については、今年の関東の歩き版の現地講座でもよく出てきていましたが、それとの比較も面白いと思います。現地は公園になっています。

多気郷土資料館|多家町
多気町の歴史について解説した資料館です。
9:00~16:00 月曜休館
多家町 勢和郷土資料館|多家町

出張遺跡|大台町
後期旧石器時代末頃の遺跡。現地には何もありません。
81m
明合古墳|津市
5世紀に築造された方墳。両辺に造出が付いており、それを含めた長さは81mとなります。方墳には造出が付くことが少なく、しかも明合古墳は両辺についているため非常に独自性が高いです。周囲には陪冢と思われる古墳が5基ありますが、それらもすべて方墳といわれています。いろいろ面白い古墳。


田丸城跡|玉城町
延元元年(1336)、後醍醐天皇に忠誠を誓う「戦う貴族」の北畠親房が築城。それからしばらく後の
天正3年(1575)、北畠氏の名跡を継いだ織田信雄(信長次男)が入部し、三層の天守を築きました。
現状見られる姿はこじんまりとした近世城郭で、奇麗に整備されており、石垣が素敵です。車で本丸下まで行けます。
コンディションがよければ富士山が見えますよ(ここから富士山の山頂まで約215㎞)。



村山龍平記念館|玉城町


鳥羽市立 海の博物館|鳥羽市

志摩市歴史民俗資料館|志摩市
参加費
参加者が2人の場合は、お一人様65,000円
参加者が3~4人の場合は、お一人様55,000円
参加者が5人の場合は、お一人様50,000円
キャンセル料と発生時期
キャンセル料は、開催一か月前に発生し、27,500円です。
※前日・当日のキャンセル料は、55,000円です。
催行人員
最少は2名様、最大は5名様。
参加予定メンバー(12月26日現在)
・MTさん
・松山さん
以上、男性2名様(残席3名様)
