2011年に開始し、2022年以降は開店休業中の私のgooブログですが、gooブログ自体が2025年11月18日にサーヴィスを終了することになりました。
当初は、何千本も書いた記事はそのまま消えていってもよいと思ったのですが、自分で書いておきながら個人的に興味深い記事は、ひとまずこちらにコピペしておくことにしました。
基本的には当時書いた文章の修正はしないので、知識・経験不足からくる奇妙な点もあると思いますが、ご了承ください。
※画像は2025年11月19日以降は表示されませんが、もし時間があれば表示できるように再アップします。
※本記事は、2017年11月5日に投稿した記事です。
2017年11月5日(日)の探訪レポート
⇒ 【gooブログから】金龍寺・厳島神社 ~可愛らしい小動物がいらっしゃいます~【甲州道中を歩く⑦】
昨日(2017年11月4日)は、クラブツーリズムにて東北の古代史・中世史講座の第11回を行いました。

今回は21名様のご参加でした。

みなさん、いつもありがとうございます!
いよいよ次回12月2日(土)が最終回となります。
そして講座の後の最近の楽しみはこれです・・・

私は刺身が大好物なのですが、「たかまる鮮魚店」のこちらの刺身定食がこの内容で1,080円。
しかもご飯は大盛無料なのです。
ここのところ、講座の後はこれを食べるのがお決まりコースになっており、今回で3回目でした。
さて、最近はクラツーの話ばかりして、「最近はクラツークラツーって、ほかに話すことはないのか!」と憤慨される方もいらっしゃるかもしれませんが、性懲りもなく今日もクラツー関連の話です。
今週の土曜日に甲州道中歩きの第4回目となる府中~日野間をガイドするのですが、今日はその下見に行ってきました。
その区間の様相についてはだいたい知っているつもりですが、一部不明瞭な場所もあるので、念のため行ってきたわけです。
本日はその模様を簡単にご報告します。
* * *
連日の短時間睡眠のため、昨日はもう21時には我慢できずに就寝したのですが、今日はいつものように5時に起きたもののまだ眠かったです。
最近は1日多く寝ただけでは睡眠不足が解消できなくなった感じがします。
起床後は地図を作ったりしながら下調べをして、9時に自宅を出ました。
降り立ったのは分倍河原駅です。
ツアーは府中の大國魂神社がスタートですが、府中駅からここまでの下見は割愛しました。
しかも今日は、ツアーのために不明瞭な箇所の確認はするものの、以前から気になっている場所もついでに見てみようと言う魂胆もあります。
分倍河原駅から西へは、ハケ(府中崖線)の下を歩いて行きます。

と言っても、このあたりのハケはまだそれほど比高差が無く、5mくらいでしょうかね。
この辺りのハケ下は「旧市川 第2都市下水路」と呼ばれる流れが暗渠として歩道の地下にあり、歩道上には川の流れが分かるように水色で著色がしてあります。
そしてこの道は、中世の「古甲州道」であり、江戸時代の始めも初期の甲州道中でした。
2年ちょっと前の2015年9月13日、高橋さんと一緒に大國魂神社を出発して、古甲州道を辿り、滝山城の手前の左入交差点まで19kmほど歩いたときにここも歩いています。
なので、ハケの上にある高倉塚古墳など、この道沿いのスポットですでに訪れたことがある場所は今日は割愛です。
あ、ここからハケを上がろう。

ハケを上がり西へ向かうと住宅街の中に細い道が伸びており、左手に神社が現れました。

日枝神社です。

さらに歩いて行くと、今度は右手に浅間神社がありました。

社殿。

これくらいなミニマムな神社でも、こういった彫刻は立派なことがありますよね。

手彫りであるのならこういった龍もそれなりの職人さんが彫っているのでしょう。
美好町3丁目と本宿町1丁目の境界になっている道路の部分はハケを分断する谷地形になっており、ここには昔、水の流れがあったのかもしれませんが、明治39年測量の地図ではすでに道路になっています。
ここからは一旦ハケ沿いの道から外れて、NECの府中事業場を目指します。
実は、古甲州道と初期の甲州道中は現在のNEC府中事業場のなかを通っており、その中に一里塚があるのです。
ただ、以前高橋さんと来た時も一里塚は確認していないので、今日はぜひとも見てみたいと思います。
正門受付に行って、「済みません、一里塚を見学させていただくことはできますか?」と尋ねると、受付の方が内線をかけて、「一里塚の見学の方がいらしてます」と誰かに伝えていました。
そうしたら、警備員の方が裏から出てきて、その方同伴のもと、敷地内に入れてくださいました。
正門から歩いてすぐ、右手に一里塚が現れましたよ!

片側だけ残っているわけですね。

きちんと説明が刻された石碑も建っています。

日本橋から8つ目の一里塚ですが、私は1つ目と2つ目は未確認(説明板もない?)、3つ目から7つ目までは、クラツーの甲州道中歩きでご案内しています。
こちらの説明板はもうかなり読みづらくなっていますね。

現在残っている塚は直径は3mくらいでしょうか。

当時よりだいぶ小さくなったと思いますが、日本橋を出て、8つ目で初めて残っている塚を見ることができます。
でもここはクラツーの甲州道中歩きでは歩かないんですよね。
歩くのは江戸中期から後期にかけての甲州道中がメインですので、現在の旧甲州街道および甲州街道を歩くことになるのです。
そのため、私は古甲州道を歩くツアーを考案中ですので、もしツアーが完成したら皆さんもぜひご参加ください。
さて、「塚マニア」の私は一里塚を見てウキウキしてしまい、しばらくこの幸福感が持続しそうです。
⇒ 【gooブログから】府中市内唯一の湧水と谷保天満宮の故地【甲州道中を歩く⑨】
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